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はぐれ魔女と平凡無才の魔剣使い  作者: 阿木津 秋水
はぐれ魔女としがない使用人
18/67

取るに足らない談笑

 そうして執事長の部屋の前まで辿り着いた。

 この屋敷には総勢十人程の使用人が働いており、それぞれが個人用の部屋を与えられていた。

 聞いた話だと二代前の当主が使用人の為に設けたものらしく、眠る事や私用、体を休める分には申し分ない部屋となっている。


 それは単に、劣悪な環境で働かされていた使用人達の仕事の質を上げる為だったのかもしれないが、結果としてそれは使用人達を労っていたとも言えるだろう。


 執事長は部屋の扉を開けると、中に入るよう促してきた。


「そういえば、執事長の部屋に来るのってこれが初めてでしたね」

「あまり人の部屋をジロジロ見るな」

「……この絵画は……?」


 何気なく部屋を見回した時、壁に掛けられた小さな絵画に目が留まった。

 絵画には鎧を着た男達が描かれており、そこには恐らく若かりし頃の執事長と思しき人物も描かれていた。


「……聞くな、これ以上はここの使用人の暗黙の了解を破ることになるぞ……」

「あー……すいません、これ以上は聞かないっす」


 この屋敷の使用人達は互いのプライベートを詮索したがらない。ここの主人は身寄りのない者や、他に行き場を失った者を進んで受け入れている。昔先代の地主がそう言っているのを聞いたことがあった。

 そのせいもあってか、ここの使用人達は互いに互いの出自を知らず、この屋敷に来るまでの経緯を探る事はあまりよく思われていなかった。

 執事長の部屋を見渡していると、そう諌められ、近くの椅子に座るよう、指示される。


「……私がこの屋敷で働き始めたのは先代の当主が丁度二代前から当主の地位を引き継いだ頃だった……彼の人柄はお前も知っているはずだ」

「ええ、まあ……自分の出自も分からないまだガキだった俺なんかを引き取って使用人として住まわせてくれるくらいには寛大な人でしたね」

「彼が優れていたのは人柄だけではない。 その統治や駆け引きも優れていた。 それもあって二代前が築き上げた財産を更に増やしてみせた……」


 そこまで言ってから、執事長は大きく溜息を吐いた。普段から渋い顔をしていたりする事が多い人ではあったが、ここまで大きな溜息を吐く所を見たのは初めてだったかもしれない。


「……しかしそんな先代の統治も終わり、今の当主に変わったが……先代が築き上げたものに胡座をかき、湯水のように財産を浪費し、私から進言しても煙たがるだけだ……」

「倉庫の食糧もやたら多く集めますしね……」

「それだけではない……魔女が、あの娘がいなければ今頃村人達の不満も恐らく地主に向けられていただろう……」


 違う、彼女があの場所に住まされているのはそんな理由じゃなかった。

 確かに彼女が村人達から疎まれているのは事実だ。だからこそ先代は村から少し離れた、この屋敷の先の森の小屋に彼女を住まわせていた。

 そうする事で、身寄りのない彼女を

、魔女である彼女をこの村で住めるようにする為。俺は先代からそう聞かされ、彼女の世話を命じられた。そうだったはずだ。


「待ってくださいよ、俺が先代から聞かされてた話と違ーー」

「そうだ、勿論違う。 先代があの娘をあの場所に住まわせていたのはお前が言おうとしたそれで合っている。」

「じゃあ何で……」

「そうしておけば村人達の不満が自分には向けられない。 自分さえよければ他人などどうでもいい。 今の地主はそうゆう人間だ……」


 執事長はそう言ってから諦めるように目を閉じる。


「恐らく私も邪魔者として追い出されるかもしれんな……所詮は口煩い老いぼれだ……地主にとって私は目の上の瘤でしかないのだよ」


 そう呟く執事長は、いつもの厳格さが無く、どこか疲れ果てた一人の老人の様にも見えた。


「そんな……らしくないですよ」

「事実だ。 それに地主はジュリアンを甚く気に入っている……恐らく次の執事長は奴だろう……」

「……とても上手くいく様には思えないんですが……」

「そうだろうな。 確かにジュリアンは優秀だ。 それはお前も分かっているはずだ」

「ええ……まあ……」

「だがそれは奴個人だけでの話だ。 他の使用人達を取りまとめたり、他にもやらねばならない事も多い……重役を担うにはまだ若過ぎるのだよ」


 執事長は溜息混じりにそう言い、物憂げに壁を見つめていた。

 主人に長く仕えて来た者ほど、不満が大きくなるのだろう。執事長のそれは、俺が地主に対して思っているそれよりも大きい様に思えた。

 恐らく今の執事長が屋敷を追われる事になれば、使用人の半分がこの屋敷から出て行くのでは無いだろうか。

 まして次の執事長がジュリアンになるとすれば尚更に。執事長はそれだけ人望のある人間だった。


「すまんな、下らん愚痴に付き合わせてしまって」

「別に気にしてないっすよ、むしろ他の人が愚痴ってるの見て安心する時ありますし」

「ほう?」

「不満に思ってるのは俺だけじゃない。 それが分かるだけでも随分気が楽になるもんじゃないですかね?」

「……ふっ……ふははははは‼︎ そうだな、そう思えば少しは気が楽になるかもしれんな!」


 色々と積もり積もっていたものが晴れたか、最早どうでもよくなってしまったのか、執事長は高らかと笑っていた。

 彼がこの様に笑っているのを見たのは多分これが初めてだった気がする。屋敷の使用人達にも威厳を保って接せねばならない、加えて今の地主の怠惰な有様。そういったものが執事長にとって重荷となり続けていたのだろう。

 本来は今の様に、よく笑い、気さくな人間だったのだろう。

 絵画に描かれた、若かりし頃の執事長と思しき人物も、爽やかな笑みを浮かべている様子で描かれていた。


「珍しいですね、そんな風に笑うなんて」

「ふっ……そうかもしれんな、こうも笑ったのは久しいしな……らしくもなかったな」

「らしくないとかそんな事言わないで下さいよ。 もっと笑っていいと思いますよ? 少なくともそうしてくれた方が俺は今より話しかけやすくなりますし、他の使用人達も同意見じゃないですかね?」


 そう提案すると、執事長は再び吹き出した。


「ふははははは‼︎ よもやこんな若造に慰められるとはな!……老いたものだ……」


       ◇


 それから暫くくだらない談笑を交わし、俺は執事長の部屋を出た。


「すっかり遅くなってしまったな……」

「俺は楽しかったから構わないですよ」

「調子に乗って明日の朝寝坊をするなよ?」

「まっさかぁ、寝坊なんてする訳ないじゃないですか〜」


 そう返し、執事長の部屋を後にした。

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