静かな夜
村のはずれ、屋敷の脇の森の小道にある小さな小屋、通称「魔女の家」その入り口で、彼女は待っていた。
「悪い、色々面倒事があって遅くなっちまった。」
「気にしてないよ、忙しかったんでしょ?」
「あぁ、まあな……」
それとなく返すつもりが、無意識に言葉尻を濁していた。案の定ユリアは心配そうな顔をして俺の顔を覗き込んできた。
「……ライル……また難しい顔してるよ? 何か、あったの?」
「いや、別に何もないよ、少し忙しかっただけだって」
そう返すと、彼女は俺の意思を汲み取ったのか、それ以上は言わなかった。
「そういえば、その鍋は?」
「あー、こいつか?クリームシチューだよ、他にパンと葡萄酒持ってきたよ。あぁ、葡萄酒は白い方な?」
「そんなに色々豪華なもの持ってきてよかったの?」
「あー、平気平気、地主様消費しきれないくせに大量に食べ物とか仕入れるから、こっそりこうやって消費でもしなけりゃ腐っちまうからさ」
「うーん……それでも少し気がひけるけど、せっかくだし冷めないうちに食べようかな」
ユリアはそう返すと小屋の扉を開き、中へ入るように促した。
中へ入ると古くなった床板がぎしりと音を立てた。
部屋の真ん中に置かれたテーブルの上に、仄かに明かりが灯されているだけで、他に明かりは無く、少し薄暗く感じたが、部屋を照らす小さなランタンの光が、優しく、そして温かく感じ、心が落ち着くようだった。
「ほい、火傷しないように気を付けてな」
「ん、ありがと」
テーブルの上に小鍋を置き、木の器にシチューを注ぎ、それをユリアに手渡すと、彼女はそれを両手でそっと受け取り、自分の手元に置いた。
続いて自分の分を注ぎ、次に木のコップに葡萄酒を注ぎ入れ、一つを自分の手元に、もう一つはユリアの前に置いた。
「あったかいね」
「まあさっき作ったやつだしな」
「いただきまーす」
そんな他愛のない言葉を交わし、食事にありつく。
あまり長く煮込めなかったが、シチューに入れた野菜や肉はしっかり火が通っており、じわりとくる熱さの後に柔らかい口どけがあり、我ながら上出来だ。
続いて少し固めのパンをシチューに浸し、柔らかくしてから頬張る。
「ん……美味し」
ユリアは浸したパンを一口齧り、顔をほころばせていた。彼女のそんな様子を見ているだけでも心が和んだ。
「なぁ、そういえば見せたいものって何なんだ?」
「秘密、ご飯食べ終わったら見せるね」
そう言って彼女はウィンクをして、立てた指を口元に添えた。
その仕草は何処か妖艶で、気を抜くと魅入ってしまいそうだった。
「……どうかした? 私の顔に、何か付いてた?」
「いや、少しぼーっとしてただけだよ」
誤魔化すようにそう答え、浸して柔らかくなったパンを齧り、葡萄酒でそのまま流し込む。
それからくだらないやり取りをしている間に、小鍋は空になっていた。
「それで、見せたいものってのは結局何なんだ?」
改めて彼女に同じ問いを投げかけると、彼女は椅子から立ち上がり、小屋の扉を開けてから振り向いた。
「今から見せてあげる。 外に出ないとなんだけど、大丈夫?」
「別に構わないけど、結局教えてくれないのかよ」
「だって直接見てもらった方が分かりやすいし、その方が面白いでしょ?」
彼女はにこりと笑った後、上機嫌な様子で小屋から出て、早く早くと急かしてきた。
そんな彼女の無邪気な様子を微笑ましく思いながらも、ここに来るまでの違和感や、拭い切れない不安が小屋から出ようとする俺の足取りを重くさせた。
もしも彼女が魔法を使おうとしているならば、もしもあの時感じた違和感の正体が危険な存在だったのだとしたらーー
考えるのはもうやめよう、別に何か悪い事が起きた訳じゃないんだ。そう自分に言い聞かせ、小屋の外へ出た。
無造作に頭を掻きながら前を向くと、ユリアが得意げな顔をして立っている。
「それじゃあ、始めるね」
彼女はそう言った後、そっと目を閉じて、祈るように胸の前で手を重ねた。




