復路は海の旅で
翌日の国王の執務室ではトリポカラ国王が見つめる中、バランが大きなディスプレーに映し出されているミンヤックに向かって怒っていた。
一方でその隣の空中に浮かぶひと回り小型のディスプレーでは、パタン王国の王ベルクンプが、兵士でもない一般人に国境警察が振り回されるとは何事だとのお叱りを、パタン王国武官のタンバンにしているのが映っている。
「実戦経験など、ここ十万年以上は無いからねえ」
それをニヤついて見ているのは、バワベル組のレマックである。その隣のバワベルシアール医師も笑いを必死で抑えているのがよく分かる。ちょうど休憩時間で王の執務室へ呼び出されたのだろう。
ただ、ラウトと同期のテランだけがヒヤヒヤした面持ちで映像を見つめていた。
パタン王国のベルクンプ王に処分保留にしてくれたことを感謝して、空中ディスプレーを消去するトリポカラ国王。一息おいてからバランに目を向けた。
「……で、どうなったんだね」
バランが深々と頭を下げたままで報告する。
「当初の目的の品を確認し、無事に輸送船に荷積みしました。3週間後に、わがバクタプル港に到着する予定です」
「うむ、して、やつらは?」
「は。その輸送船の倉庫に監禁しております。高速艇は修理の後、追って自動操縦で帰路につかせます」
国王が苦笑して、自分の肩を回した。
「芋騒動も、これで一件落着だな」
「は、陛下。しかしながら」
と、バランがバワベル組の方を向く。
「私の組が機能不全になっております。診療と治療が満足に行えません」
「げ」という顔をするバワベルとレマック。新人のテランはキョトンとした顔をしている。そのままバランが話を続けた。
「つきましては、バワベル組の担当業務を増やす許可をいただきたいのですが、陛下」
2人の守護樹は何事もなかったかのように輸送船の甲板に出て、潮風を浴びながら他の守護樹たちと何かザワザワやっている。折れた枝は回復していないが、葉の数はかなり回復して、樹木らしさを取り戻しつつあった。
その輸送船は、パタン大陸とトリポカラ大陸の間の大海原の荒波を雄々しくはねのけながら進んでいた。とはいっても大陸間貿易そのものが盛んではない。そのため船の大きさも大したことなく、ちょっと大きなバラ積み船程度である。
これにもエンジンはついていなかった。船から海面を見下ろすと、大量の水の精霊群が船を取り囲んでいるのが見える。高速艇の推進力である風の精霊と同じ役割を果たしているのだろう。
帆を使うことで風の精霊を利用することもできるのだが、そうすると精霊同士での主導権争いが生じてしまうことがある。そのため、長距離航海をする船ではどれか1つの精霊だけを使役している。
貨物船のような大きな船では、速度は出ないが安定した推進力が得られる水の精霊を利用することが多い。海中の岩礁などを自動的に回避してくれるのも大きな利点である。
ちなみに精霊を使役することを前提として建造される船や高速艇などは、魔法に疎いドワーフ世界では無理ないのでノーム世界から輸入している。
船体はセラミック製で、木製を嫌うエルフに配慮している。魔法処理を施されているので、セラミックでありながら金属や木材のような弾性があり少々の衝撃では割れることがない。その分、ドワーフ製の10倍以上の値段がするのだが。
独房室という名の物置き部屋では、ミンヤックが飯をかき込んでいた。
電磁調理でふっくらと蒸しあがった親指大の芋虫に塩コショウを振っただけのシンプルな料理が、強化プラスチック製の食卓に乗っている。付け合せには大きなヒラタケを油で炒めたものと茹でた青虫がトッピングされた、たっぷりのサラダがついている。
ちなみに青虫の背ワタはきれいに取り除かれているので、口の中でジャリジャリした違和感を感じることはない。これらの食材は乾物で、必要に応じて水で戻してから料理しているようだ。
部屋の半分ほどは、ホースや工具、使用済みのランプやマットなどがうず高く天井まで積まれている。
ラウトとミンヤックの2人は囚人服を着せられていた。といっても普段の作業服を100年くらい使い古したようなものだが。
今回はちゃんとエルフ用の服になったようである。なので、ミンヤックには似合わなくなっている。
両手足には精霊魔法を封じる金具がはめられていた。ミンヤックにも同じ金具がはめられているが、意味はないのは明らかである。また、ラウトの杖も没収されている。
「先生、よく食欲が湧きますね」
ラウトが自分の皿を持ちながら言うと、ミンヤックがガツガツ食べながらニッコリと笑った。
「牢屋の飯は不味かったからな。あれに比べたらうまいぞ」
「私の分も食べますか、先生」
皿を差し出すラウト。
「何だ、サン連中の食事はダメか」
「いえ、そういうレベルの話ではないです」
そこへ、コラールのミニ幻影がポンとラウトたちの食卓上に現れた。司書の服装をしていて、サンダルのアクセサリーは外している。
「ラウトさん、見える?」
「ああ、コラールさん。また会えて幸せです。でもどうやってここへ? この部屋では精霊魔法は無効化されているのに」
食卓上をラウトの方へ歩みながらミニコラールがウインクした。
「大丈夫よ。ハッキングはしていないから。きちんと正規の手続きで接続しているから安心して」
ミニ幻影はラウトの手の平にチョンと乗って、ラウトの体をスキャンした。
「よかった。怪我はしていないのね」
そう言って、ミニコラールが安心する。一方でミンヤックにはジト目の冷たい一瞥をくれただけであった。
「怪我をするまで活躍したのは、ここの先生ですよ。どこかの伝説の勇者並みの活躍でした。見せたかったなあ」
ラウトの分の皿を受け取ってガツガツかき込んでいるミンヤックを、ラウトがスプーンで指し示した。
一応ミンヤックを立てているが……目はジト目になっており、口調は明らかに言わされている感満載である。
「今は、バクタプル港向けの貨物船の倉庫に監禁されています。戻ったら、刑務所入りなのかなあ。どう思いますか? コラールさん」
ミニコラールも不安な顔で首をかしげた。腰までの長いふわふわ金髪が左右に揺れる。
「そうかもしれないわね。でもラウトさんたちがいなくなったら、レマックさん過労死してしまうわよ、きっと」
ラウトの脳裏に、ありありとその様子が浮かんだ。その横で、同期のテランが泡を吹いて倒れている様子までも目に浮かんだ。
「僕の家族にも、一応無事だと伝えてもらえないでしょうか。この船室、精霊魔法が使えないようにされているんですよ」
「うん、わかった」
輸送船がパタン王国の港からトリポカラへ向けて出航して2週間後。薬師部では、そろそろレマックが助手のテランと共に倒れる寸前になっていた。
バワベル組だけでなくバラン組の治療に使う医薬品も調合しないといけないので、普段の倍の仕事量が続いているためである。上司のバワベルも心配そうに見ている。
コラールとセリアが覗きに来て励ました。
「今日までの辛抱ですよ。レマック先生」
「お、おおぉう。あやつが来たら、長期休暇を取ってやるぞお」
「はい、せんせえ」
テランも力なく拳を掲げる。
セリアがコラールに知らせた。
「そろそろ入港する頃だわ」
「あ、そうね。急ぎましょう」
2人で町を通って、港へ向かう。
都は巨大な菩提樹やガジュマルのような林が居住区を飲み込んで立体構造になっている上に、巨大な虫やムカデなどが堂々と徘徊している。そのため、精霊魔法を習得していないとまともに歩くこともできない。
出稼ぎや商用でエルフ世界へやってきた異世界出身の魔法使いたちは、おっかなびっくりで虫を避けて浮遊魔法を使って飛行して移動している。彼らも虫に襲われていない様子なので、ミンヤックが持っているのと同様のアクセサリーなどを装備しているのだろうか。
さすがに商業区は平坦であるが、ここもやはり木々に飲み込まれている。その木の根や幹が縦横に入り組んだ中を、エルフたちは平地を歩くようにスイスイと歩いている。
コラールとセリアも例にもれず軽快に駆けていく。浮遊魔法を使えないオーガやゴブリンなどの出稼ぎ労働者は、まさに木登りして通勤し帰宅している有様だ。
轟音がしてスレイプニルが3頭、速度を上げながら沖合いへ疾走していった。それを見送りながらコラールが青い目を輝かせる。
「セリア。さっきのって、ブラカン様じゃない?」
「そうよ、きっとそう」
2人してキャーキャー騒ぎながら港への道を駆けていく。
都といっても内海を移動する他に、河にも浮かんで季節移動している。そのため川幅以上に街並みは拡大せず、全体にこじんまりとしている。
今回は、王宮の薬師部から駆けて20分程度で港に着いてしまった。今は春なのでまだ河口に近い場所に位置しており、世界最大の湖であるジャムナ内海の水平線が大きく開けて見える。
港には既に、ラウトやミンヤックの家族が船の接岸場所に到着していた。ラウト一家の守護樹も見える。
船はちょうど今接岸したところだが、肝心の2人の姿がない。不安げな顔をしている両家族の元へ、遅れて自身の守護樹に乗ってやってきたバランが説明をした。
「申し訳ないが、ジャンビ君とラウト君は、陛下による罰を受けることに決まりました。刑務所に収監しては、薬師部の業務に支障が生じて円滑な運営ができないと、ご判断なされたのです。明日から、通常業務に復帰することになるでしょう」
家族たちが安堵の声をあげる……が。バランが不安げな表情で告げた。
「それも、この罰を耐え忍べば……の話ですが」
同時に、水平線上に巨大な光球が発生した。何度も何度も発生して膨らんでいくが、丈夫な防御障壁が周りに張り巡らされているのだろう、光球は一定以上の大きさを超えることはない。
その周辺水域を3頭のスレイプニルが駆け回って、きれいな水しぶきを上げながら警戒している様子が水平線近くに見える。
「あれが罰です」
バランが話し始めた。
「機動警察の特殊部隊が、上級精霊魔法をかけているのですよ。外には防御障壁を張っていますので、我々には影響はありません」
コラールが震える声でバランに訊ねた。
「もしかして、あの猛烈な雷撃の中にラウトさんが?」
「そうですね。黒焦げになっては瞬間再生させて甦らせ、また蒸発させては復元させて、と、かなり高度な術式を使用しているようです」
言葉を失う一同。
「うーむ、なかなか良い魔法実践の練習になっておるなあ、そう思うだろ? ジャンビ君、ジャンタン君?」
空中に浮遊する自身の大きな守護樹に乗りながら、巨大な防御障壁の外から楽しげに話しかけ特殊部隊の魔法を観賞する国王。もはやミンヤックもラウトも、言葉もなく分解と再生を繰り返している。
「うむ、調子が出てきたようだな。よし、隊長。電流を3億プルまで上げてみよ。核融合できるか?」
「は、御意」
隊長が部下に号令した。
「我らの魔法鍛錬の成果を陛下に御覧に入れるのだ。電流を3億プルまで上げ! 再生と復元術式もレベル6まで引き上げよっ。防御障壁の出力を絶えず確認するのを怠るな!」
しばらくして……ほとんど半殺し状態で海面からスレイプニル隊によって、すくい上げられた2人。彼らの守護樹は、そのそばの海面上を浮遊して見守っている。
「840回目の再生……と。まあ、この程度で許してやろう。この土産に感謝するんだな」
パタン王国からの珍味をぱくつきながら、国王がうなずいて隊長に微笑みかけた。
「隊長、良い魔法実践であった」
空中に浮かぶ自身の守護樹に立って国王がほめると、隊長を始め9名の隊員たちが空中に浮遊しながら最敬礼した。皆、長大な杖を持っていて、様々な指輪や魔法装飾を身につけている。
「は! 光栄であります。陛下」




