第5話:免許皆伝と聖女エレノアの登場
氷結滝行の修行から、早くも三年が経過した。
13歳になった俺は、相変わらず毎日のように師匠・バルダスの地獄修行に打ち込んでいた。
毒沼正座、氷結滝行、重力10倍の洞窟正座、さらには全身に劇薬を塗りたくって行う組み手修行――。
どの修行も一回一回が最高にゾクゾクする『至高のご褒美スパ』であり、俺は心ゆくまで魅惑のドMライフを満喫していたのだ。
だが、そんな幸せな日々は、唐突に終わりを告げた。
「リアム……お前に教えることは、もう何一つない」
ある日の夕刻。
夕日に染まる道場で、バルダス師匠が深く重々しい声でそう告げた。
「え……? 師匠、それってどういう……?」
「文字通りの意味だ。お前はこの三年間、わしが提示したあらゆる死の試練を、文句ひとつ言わずに完遂してみせた。それも、常に神々しいまでの笑顔と尊き眼光を保ったままでな」
バルダスは感慨深そうに目を細め、俺の肩を両手で力強く掴んだ。
「お前の耐久力、精神力、そして『不屈の心』は、すでにこのわしすら遥かに超越している。お前は我がバルダス流の歴史上、文句なしの最高傑作だ。本日をもって『免許皆伝』とする!」
「め、免許皆伝……!?」
(えええぇぇぇっ!? 待って待って待って! 免許皆伝ってことは……明日からこの最高のご褒美修行が受けられないってこと!?)
俺が ショックのあまり絶望していると、バルダスは涙ぐみながら懐から一通の推薦状を取り出した。
「お前ほどの才能と高潔な志を持つ男が、こんな田舎の道場に埋もれていてよいはずがない。王都へ行け、リアム! 王立騎士団の入団試験を受けるのだ!」
「王立騎士団……!?」
「そうだ! お前のような不屈の聖者こそが、国を、そして世界を救う光となるのだ! 行け、そしてその凄絶な覚悟を世界に知らしめてこい!」
「し、師匠……っ!(※ご褒美修行が終わるのが悲しくて本当に涙が出てきた)」
「泣くな、リアム! お前の師になれたこと、わしは一生の誇りとするぞ……っ!」
こうして、俺は師匠と感動(※すれ違い)の別れを告げ、王都へと旅立つことになったのだった。
◇
数日後。
王都へと続く街道を一人歩いていた俺は、ふと前方の森から激しい金属音と悲鳴を聞きつけた。
「死ねぇ! 聖女を捕らえろ!」
「くっ……! 私を誰だと思っているのです! 無礼者ども!」
街道の開けた場所で、豪華な馬車が武装した盗賊団に囲まれていた。
馬車を守る護衛騎士たちはすでに大半が倒れており、中心には凛とした佇まいの美少女が一人、剣を構えて立っている。
白銀の甲冑に身を包み、透き通るような金髪をなびかせた少女――聖女エレノアだ。
(あ、あれは……!)
俺が木陰から様子を窺うと、盗賊の頭目が下品な笑みを浮かべながら手に持った黒い薬品の瓶を掲げた。
「ヘッヘッヘ、大人しくしなねぇと、この『皮膚を溶かす腐食毒』を顔面にぶっかけてやるぞ!」
「くっ……そんな不浄なものを……!」
その瞬間、俺の視界に青いウィンドウが躍り出た。
【対象:腐食毒(強酸・皮膚溶解効果)】
※接触により極めて激しい痛覚刺激および組織破壊が発生します。
(ひ、皮膚を溶かす腐食毒……!?)
俺の心臓が、どっくんと激しく鳴り響いた。
皮膚が溶けるほどの激痛? 猛烈な酸の刺激?
……王都に行く前に、そんな『超プレミアムなご褒美』が落ちているなんて!!
「おい、そこまでだ!!」
俺は歓喜のあまり、抑えきれない笑みを浮かべながら森から飛び出した。
「何だガキ!? 邪魔する気か!」
「だれ……!? いけません、下がってください! その男は危険な毒を――」
エレノアが制止の声を上げるが、俺の耳には届かない。
俺はまっすぐに盗賊の頭目へと突き進み、自らその前に立ちはだかった。
「へっ、威勢だけはいいガキだ! 溶け失せな!」
バシャッ!!
頭目が投げつけた『腐食毒』の液体が、俺の顔面と胸元に直撃する。
「いやぁぁぁぁっ!?」
エレノアの悲鳴が響き渡る。
次の瞬間――。
――じゅわああぁぁぁぁぁぁぁっ!!
(――っっっ!?!?!?)
顔面と皮膚が熱を帯び、焼けるような凄まじい酸の刺激が押し寄せる。
(ひぃぃぃぃぃぃっ!? 最高!! なにこれ毒沼の10倍気持ちいい!!)
脳内で、前世を含めても過去最大級のエンドルフィンが爆発した。
快感のあまり全身の血が逆流し、脳みそがとろけていく。
【固有スキル:『痛覚=昇華』発動中】
強酸腐食ダメージを検知 ──> 脳内麻薬に変換します。
【ステータス変動】
HP:15/15(※高速回復)
VIT(耐久):80 ──> 120(UP!)
酸耐性(大):獲得
(あぁぁぁぁ最高……! 最高のウェルカムドリンク(毒)をありがとう……っ!!)
俺は至高の快感に包まれながら、恍惚の吐息を漏らした。
パッシブスキル『恍惚の鉄壁』が自動発動し、俺の絶頂顔は『自らを犠牲にして少女を庇い、激痛を笑顔で受け止める神々しい表情』へと補正される。
「ふ、ふふ……効かないな(※気持ちよすぎてニヤけているだけ)」
「な……なにぃぃぃっ!? 毒を浴びて、なぜ笑っていられるんだあぁぁぁ!?」
顔面を毒で濡らしたまま、恍惚の笑みを浮かべて一歩踏み出してきた俺の姿に、盗賊たちは「化け物だあぁぁぁ!」と悲鳴を上げて逃げ出していった。
あ、逃げちゃった。もっと毒かけて欲しかったのに……。
俺が残念がっていると、背後からドサッと倒れ込むような音がした。
振り返ると、聖女エレノアが両膝をつき、溢れ出る涙をポロポロと零しながら俺を見上げていた。
「どうして……どうして見知らぬ私のために、そこまで……っ!」
「え? いや、僕はただ……(ご褒美が欲しかっただけで)」
「自分の身を投げ打って毒を引き受け、激痛の中で私に安心を与えるように微笑んでくださるなんて……! あなたは……あなた様は、降り立った本物の『聖者様』なのですね……っ!」
エレノアは俺の手を両手で強く握り締め、胸の前で祈るように全幅の信頼を寄せる瞳で見つめてきた。
(いや、違うんですエレノアさん! 僕、ただ毒が気持ちよかっただけなんです……!!)
こうして、俺の「ご褒美目当ての行動」は、またしても完璧なまでの『英雄的勘違い』を生み出し、物語は舞台を王立騎士団(学園)へと移していくのだった――!




