第4話:氷結滝行と『恍惚の鉄壁』発動
「いいかリアム。今日の修行は、このバルダス流でも過去に達成者が誰一人として存在しない最難関――『氷結滝行』だ!」
毒沼修行の翌日。
師匠のバルダスに連れてこられたのは、極寒の霊峰の山頂付近にある滝つぼだった。
見上げるような高所から叩きつけられる滝の落差は実に数十メートル。
しかも、ただの水ではない。万年雪が溶け出した水流には魔力が帯びており、水滴の一粒一粒がナイフのように肌を切り裂き、一瞬で体温を奪い去る極冷の魔水だ。
「この『氷龍の滝』の水圧は巨岩すら砕き、冷気は骨まで凍てつかせる。一瞬でも気を抜けば心臓が止まり、そのまま滝つぼの底へ沈むことになるぞ」
バルダスは厳しい表情で俺を見つめる。
「お前にはこの滝に打たれながら、1時間の『冥想』を命じる。……どうだ、リアム? こればかりは死の危険すらある。辞退しても誰も責めんぞ」
(死の危険……! 万年雪の冷気と、巨岩を砕く水圧……!?)
俺の心臓がどっくんと大きく跳ね上がった。
毒沼が『じわじわ攻める痺れ系スパ』だとしたら、これは『全身を力強く叩き潰す激しい打撃&冷感サウナ』……!!
(なんて贅沢なメニューなんだ……! 師匠、あなた最高のアテンダントですよ!!)
「辞退なんてしません! 僕にその試練、受けさせてください!!」
「……よし! その意気だ!」
俺は服を脱ぎ捨て、褌一丁になると、猛然と滝つぼの中へと足を踏み入れた。
◇
ざっぱあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!
「――っっっ!?!?!?」
滝の直下に足を踏み入れた瞬間、頭上からトン級の衝撃が叩きつけられた。
ドカンッ! と肩や背中を強打する凄まじい水圧。
それと同時に、全身の毛穴という毛穴から氷の針を刺し込まれるような、脳が痺れるほどの苛烈な極冷!
(ひぃぃぃぃぃぃっ!? 痛い! 重い! 痛い! 冷たい!!)
身体の全細胞が悲鳴を上げ、一瞬で感覚が麻痺しそうになる。
だが――その直後!
『痛覚=昇華』が全力で牙を剥いた。
――ドバァッ!!
(あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁッっ!?!?)
脳内で、前世でも味わったことのないレベルの特大エンドルフィンが爆発した。
冷気による激痛が極上の爽快感へ、叩きつけられる水圧が全身を解きほぐす至高のマッサージへと塗り替えられていく。
【固有スキル:『痛覚=昇華』発動中】
物理打撃・極冷ダメージを検知 ──> 脳内麻薬に変換します。
【ステータス変動】
HP:15/15(※打撃と冷気で高速削れるも即時全回復)
VIT(耐久):45 ──> 80(UP!)
氷耐性(中):獲得
(あはっ……! あはははっ! やばい、これヤバすぎる!! 気持ちよすぎて意識が跳びそう……っ!!)
過剰すぎる快感の前に、俺の理性は吹き飛びかけていた。
口角が耳まで届く勢いで釣り上がり、目はトロンと淫らに濁り、完全に『絶頂顔』になりかける。
(マズい……ッ! 気持ちよすぎる……! 顔の筋肉が言うことを聞かない……ッ! この顔を師匠に見られたら、一発で頭のおかしい変態だってバレて破門される……!!)
必死で顔を作ろうとするが、脳内麻薬の奔流に抗えない。
俺が「終わった……変態バレする……」と絶望しかけた、その瞬間。
頭の中で、ポーンと軽やかなシステム音が響いた。
【パッシブスキル:『恍惚の鉄壁』を獲得しました】
※本人の意図に関わらず、恍惚・絶頂状態の表情を「尊き不屈の表情」へと自動補正します。
(え……?)
その瞬間。俺の弛緩しかけた表情が、スキルの強制力によって一変した。
トロンとしていた瞳は、冷気を切り裂くような『冷徹かつ神々しい眼光』へ。
だらしなく開きかけた口元は、過酷な運命に立ち向かう『固い意志を秘めた一文字』へ。
恍惚の涙は、過酷な修行に挑む『気高き汗と涙』へと昇華された。
◇
(な……なんだと……!?)
滝の岸辺で見守っていたバルダスは、開いた口が塞がらなかった。
頭上から叩きつけられる数トンの水圧。肉体を凍らせる極冷の魔水。
並の剣士なら数秒で骨が折れ、意識を失って流される悪夢のような状況。
だというのに――リアムは滝の中心で微動だにせず、美しい正座の姿勢を保っていた。
(あの水圧に押し潰されず、あの極冷に震えることもなく……! むしろ、その表情は……神々しいまでに澄み渡っている……!!)
バルダスの目には、こう映っていた。
滝の激流に打たれながらも、一切の邪念を捨て去り、武の境地へと至ろうとする少年の姿。
その神聖なまでの横顔は、まるで降臨した幼き『聖者』そのものだった。
(あやつは……苦痛や恐怖を超越し、すでに『無』の境地に達しているというのか……!? わずか10歳で……このバルダスすら到達し得なかった高みへ……っ!!)
バルダスはガタガタと膝を震わせ、その場に崩れ落ちた。
「おお……おおお……っ! なんという……なんという男だリアム……!! わしは……わしは恐ろしい天才を弟子にしてしまったのかもしれん……っ!」
老剣聖は言葉を失い、ただただ滝の中でたたずむ少年の「神々しい(※ただ絶頂しているだけの)姿」に、深々と頭を垂れるのだった。




