第2話:鬼師匠バルダスとの出会い
翌日。
俺は父親に連れられて、街の外れにある一軒の道場へと向かっていた。
道場の敷地に入るなり、肌を刺すようなピリついた空気が漂ってくる。
看板には『バルダス流剣術道場』と力強い文字で刻まれていた。
「父親殿……本当にここでいいんだな?」
「ああ。バルダス様は元Sランク冒険者で、昔は『鬼神』と恐れられたお方だ。ただし……」
父親はゴクリと唾を呑み込み、声を潜めた。
「修行があまりにも過酷すぎて、これまで入門した弟子は一人残らず一日で泣いて逃げ出したらしい。リアム、本当に大丈夫か……?」
「うん! 全然平気だよ父さん!」
むしろ大歓迎だ。
一日で泣いて逃げ出すほどの地獄の修行……想像しただけで背筋にゾクゾクと甘美な痺れが走る。
俺たちが重厚な木造の門を潜ると、道場の中央に一人の老人が座していた。
頭髪は白いが、岩山のように丸太く隆々とした筋肉。
全身に刻まれた無数の傷痕。
そして、眼前の者を射殺さんばかりの鋭い眼光。
彼こそが、鬼神バルダスだった。
「ルークか。……で、そっちのガキが弟子入り希望だと?」
バルダスが重厚な声を響かせる。
それだけで、道場内の空気がズシリと重くなった気がした。
「は、はい! 息子のリアムです! どうか鍛えてやってはいただけないでしょうか……!」
「断る」
一蹴だった。
バルダスは眼中の毒を隠そうともせず、鼻で笑う。
「見ろ、その細い腕と脚を。貧弱そのものだ。わしの修行は『死者が出ないのが奇跡』と言われるほど厳しい。生半可な覚悟で叩かれたガキの骨が折れるのを見たくはない。さっさと連れて帰れ」
「そこをなんとか……! この子は根性だけはあるんです!」
「根性など何の役にも立たん! 覚悟のない者に教える武など、わしにはない!」
ドシッ、とバルダスが踏み込んだ瞬間。
――殺気。
いや、圧倒的な強者が発する『精神威圧』が、津波のように押し寄せてきた。
普通の人間なら膝をつき、恐怖で呼吸すら乱れるほどの圧迫感。
父親は「ひっ……!」と短く悲鳴を上げてその場にへたり込んでしまった。
だが――俺にとっては違った。
(――っ!? な、なんだこのゾクゾクする重圧感は……ッ!?)
頭の先からつま先まで、全身の皮膚を巨大な見えない手でじわじわと締め付けられるような感覚。
心臓が激しく脈打ち、脳内にドバドバとエンドルフィンが溢れ出してくる。
(やばい……物理攻撃じゃない『精神の圧力』も、ご褒美としてカウントされるのか……! 脳みそがトロトロになりそう……!)
視界の端で青いウィンドウが瞬く。
【固有スキル:『痛覚=昇華』発動中】
精神威圧を検知 ──> 脳内麻薬に変換します。
【ステータス変動】
VIT(耐久):18 ──> 25(UP!)
精神耐性(微):獲得
(あぁぁぁ最高……! 立ち尽くしているだけで気持ちよすぎる……!!)
あまりの快感に、俺の膝がガクガクと武者震い(※恍惚)を始める。
顔がニヤけて口角が上がりそうになるのを、俺は全神経を集中させて必死に抑え込んだ。
(耐えろ俺! ここでニヤニヤしたら『威圧されて悦ぶ変態』だとバレて追い出される! 歯を食いしばれ……!)
俺は恍惚の笑みを押し殺すため、ぎりぎりっと奥歯を噛み締め、目を見開いてバルダスを直視した。
快感のあまり目元がうるみ、涙がポロポロと頬を伝う。
そして、その光景を目にしたバルダスの表情が、劇的に変化した。
「……なに?」
バルダスの眉根が深く寄せられる。
彼から見えていたのは――
己が全力で放った鬼神の威圧を受けながらも、一切退くことなく、涙を流しながら歯を食いしばり、まっすぐ自分を見返し続けている『一人の少年の姿』だった。
(な、なんだこのガキは……!? わしの威圧を受けて逃げ出さぬどころか、恐怖の涙を流しながらも、一歩も引かずに睨み返してくるだと……!?)
バルダスの胸中に、衝撃が走る。
これまで数々の大人や志願者が、この威圧一発で失禁して逃げ出してきた。
だというのに、この華奢な少年は、武者震いに全身を震わせながらも、魂の底からの覚悟をもって自分に立ち向かってきている。
(……この眼だ。折れぬ心、一切の妥協を許さぬ覚悟の目……! まさに武の真理を求める者が宿す尊き眼光ではないか!)
「ふ、ふふ……」
バルダスが口元を緩め、唐突に低く笑い始めた。
「名は何と言ったな、少年」
「ッ……! リ、リアムです……!(※快感に耐えるのに必死)」
「リアムか。……良い目だ。久方ぶりに、本物の『覚悟』を持った男に会えた気がするぞ」
バルダスは立ち上がり、ゆっくりと俺の前に歩み寄ると、その分厚い手を俺の肩に置いた。
「お前の覚悟、確かに受け取った! わしの修行は地獄だぞ? 途中で泣いて許しを請うても絶対に容赦はせん!」
「は、はい……っ!(地獄の修行きたぁぁぁ!!)」
「よし! 今日からお前はわしの唯一の弟子だ! 骨の二、三本は折る覚悟でついてこい!」
「感謝します、師匠……っ!」
俺は必死に頭を下げた。
ニヤけそうになる顔を隠すために深く伏せた頭の先で、俺は心の中で激しいガッツポーズをくり出していた。
(やった……! 合法的に拷問級の修行(ご褒美)を受けられる環境をゲットしたぞ……!)
こうして、俺の魅惑の地獄修行ライフが幕を開けたのだった。




