第1話:前世の性癖と、異世界での覚醒
人間には、誰しも人に言えない秘密の『性癖』というものがあるらしい。
例えば、脚フェチ。
例えば、ツンデレ好き。
……そして、前世の俺(佐々木 陸・30歳独身)の性癖は、間違いなく【究極のドM】だった。
痛み、圧迫、負荷、苦痛。
それらすべてが俺の脳内で『至高の快楽』へと変換される、天性の変態。
それが前世の俺だ。
だが、現代日本という平和な社会において、過激なドMライフを楽しむのは非常に困難だった。
過度な自傷は周囲に心配されるし、プレイの相手を探すのも一苦労。不完全燃焼のまま、俺はトラックに跳ねられるというテンプレ通りの事故で呆気なく人生の幕を閉じたのだ。
死の間際、激痛の中で俺は思った。
(ああ……もっと、もっと刺激に満ちた世界に行きたかったな……)
――そして。
神様が俺の願いを奇妙な形で聞き届けたのか。
目が覚めると、俺は剣と魔法が存在する異世界の貧しい農家で、幼い少年『リアム』として生まれ変わっていた。
◇
「痛っ……!」
10歳になったある日。
俺は薪割りの最中、手元を狂わせて斧の刃先で指先を浅く切ってしまった。
赤黒い血がツッと滲み出る。
じわじわと走る、鋭い痛み。
次の瞬間――脳内で『何か』が弾けた。
(――ッ!? な、なんだこれ……!?)
じわ、と指先から全身に駆け巡る、とろけるような熱い痺れ。
脳髄を直接撫でまわされるような、強烈すぎる多幸感と快楽の波。
前世のそれを遥かに凌駕する『ご褒美』の奔流に、俺の膝がガクガクと震え出す。
(やばい、やばいやばいやばい! 前世の100倍気持ちいい!! なんだこの体質!?)
パニックになりかけた俺の視界に、突如として半透明の青いウィンドウが浮かび上がった。
【固有スキル:『痛覚=昇華』が発動しました】
※受けた苦痛・負荷を脳内麻薬に変換し、全ステータスを一時的に上昇させます。
【現在のステータス】
HP:15/15
STR(筋力):8 ──► 12(UP!)
VIT(耐久):10 ──► 18(UP!)
「……は?」
ポカンと口を開けて画面を見つめる。
受けたダメージが、脳内麻薬に変換される……?
しかも、痛みを受ければ受けるほど、なぜかステータスまで爆上がりする……!?
(神様……あんた神か!? いや神様なんだけど!!)
脳内麻薬とステータス上昇が同時に手に入る神仕様。
この世界は、俺のような究極のドMにとって、存在そのものが天国だったのだ。
「うおぉぉ……! ぞくぞくする……! もっと……もっと痛みが欲しい……!」
歓喜のあまり、俺は指先の血を舐めながら恍惚の表情を浮かべた。
「おい、リアム! 大丈夫か!? 薪割りで指を切ったと聞いて――」
その時、心配して駆けつけてきたのは父親のルークだった。
あ、やばい。
怪我をしてニヤニヤしている姿を見られたら、完全に頭のおかしい子だと思われる……!
俺は慌てて顔筋を硬直させ、必死に歯を食いしばってニヤけ顔を押し殺した。
必死すぎて目からボロっと快楽の涙が零れ落ちる。
「……ッ、ハァ、ハァ……! 大丈夫だよ、父さん……!」
「リアム……お前、そんなに指を深く切ったのか!? 顔を歪めて、涙まで流して……!」
父親は俺の顔を見て、息を呑んだ。
父親の目には、こう映っていたらしい。
激痛に耐えかねて顔を歪め、それでも親に心配をかけまいと涙を流しながら強がる、『健気で不屈な愛息』の姿が。
「くっ……! すまないリアム、貧しいばかりにお前に薪割りなんて危険な仕事をさせて……! お前はなんて強い子なんだ……!」
父親は俺を強く抱きしめ、ボロボロと大泣きし始めた。
(えっ、いや、父さん? 違うよ? 僕ただ気持ちよくてニヤけそうになるのを耐えてただけなんだけど……!?)
「よし決めたぞ! お前のその頑丈さと強い心なら、きっと大成できる! 明日、街の『鬼神』バルダス様の道場へ弟子入りを頼みに行ってやるからな!」
「え? 鬼神……?」
「ああ! どんな過酷な試練にも決して折れないお前なら、あの地獄のような修行にも耐えられるはずだ!」
誇らしげに胸を張る父親。
地獄のような修行。
鬼神と呼ばれる師匠の苛烈な鍛錬。
その言葉を聞いた瞬間、俺の胸は高鳴り、股間……ではなく心が激しく跳ね踊った。
(地獄の修行……!? それって、合法的に最高の激痛(ご褒美)がもらえるってことじゃん……!?)
「行く! 僕、絶対に行くよ父さん!!」
「おお、リアム……! なんという覚悟だ……!」
涙を流して感動する父親を前に、俺は心の中でガッツポーズを決めていた。
待ってろ、地獄の修行。
俺の最高に気持ちいいドMライフが、今始まる――!




