第3話:拷問官ヴェロニカのトラウマ
「お願いだから! もっと強いやつを頂戴よヴェロニカさんぇぇぇッ!!」
「ひぃぃぃッ!? く、来るなぁぁぁッ!」
黒鉄の砦の中央広場に、拷問官ヴェロニカの悲鳴が情けなく響き渡っていた。
生え揃ってしまった各種『耐性(極)』スキルのせいで、彼女の自慢の黒鞭は、いまやリアムにとって「ただの心地よい肩たたき」程度の刺激にしかならない。
快感を奪われたリアムは、必死の形相で涙を流しながら、膝立ちのままにじりよる。
「爪を剥ぐとか! 骨を一本ずつ叩き折るとか! 魔法で全身を焼き尽くすとか! なんでもいいからもっと刺激的なやつをお願いしますぅぅぅッ!!」
「頭おかしいんじゃないの!? なんなのよアンタ! なんなのよぉぉぉッ!?」
ヴェロニカは狂乱し、手に持った黒鞭を破れかぶれに振るった。
バシィッ! ビシィッ!
「――っ! あぁ……足りない……! 全然足りないよぉぉ……ッ!」
鞭が直撃するたび、リアムは恍惚と絶望が混ざり合った吐息を漏らす。
パッシブスキル『恍惚の鉄壁』が働き、その顔は『拷問官の容赦ない攻撃を真正面から受け止めながら、悪逆を諭すようにどこまでも慈愛に満ちた笑みを浮かべる聖者』として固定されていた。
傷一つ付かない皮膚。
激痛の電撃を浴びながら、さらに強い苦痛を求めてにじり寄ってくる狂気の眼光。
「ヒッ……! 嫌……嫌よ……ッ!」
ヴェロニカの脳裏で、何かがプチリと音を立てて弾けた。
これまで何百人もの人間を拘束し、泣き叫ばせ、絶望の底に突き落としてきた。
相手が苦しめば苦しむほど快感を覚える――それが拷問官としての誇りであり、生き甲斐だった。
だというのに。
目の前にいる少年は、どんな激痛を与えても喜ぶ。
それどころか「もっと痛くしろ」と笑いながら追ってくる。
(こいつ……人間じゃない……! 拷問が効かないんじゃない……拷問そのものを喰らって楽しんでる化け物だあぁぁぁッ!!)
ドSとしてのプライドは完全に粉砕され、代わりに狂気的な恐怖が全身を支配した。
「近寄らないでぇぇぇぇぇッ!! 助けて魔王様ぁぁぁぁッ!!」
ヴェロニカは尻もちをつき、涙と鼻水で顔をグチャグチャに濡らしながら過呼吸を起こした。
自慢の黒鞭を放り出し、四つん這いになってなりふり構わず逃げ出し始める。
「あ! 待ってヴェロニカさん! 行かないで! 僕のご褒美タイムは!? 拷問のおかわりはぁぁぁッ!?」
「嫌あぁぁぁぁぁぁッ! 二度と顔も見たくないわぁぁぁぁッ!!」
漆黒の翼を必死にはためかせ、トラウマを深く刻まれたヴェロニカは、夜空の彼方へと逃げ去っていった。
「……行っちゃった……」
取り残されたリアムは、ぽつんと広場に立ち尽くし、冷たくなった空気の中で肩を落とした。
(僕の……僕の最高の拷問官さんが……)
完全な不完全燃焼。
耐性スキルのせいで快感が激減し、唯一の刺激の供給源だった幹部にも逃げられた。
だが――その惨状を物陰から見守っていた王国兵たちとアルフォンスの視線は、まったく異なっていた。
「お……恐ろしい……!」
「あの残虐非道な拷問官ヴェロニカが……涙目になって命乞いしながら逃げ出したぞ……!」
アルフォンスは震える手で剣を握り直し、感涙に震えながらリアムの背中に跪いた。
「素晴らしい……! 相手の悪逆(拷問)をすべてその身で受け止め、心そのものを折り、戦意を喪失させて退散せしめるとは……ッ!」
「え? いや、アルフォンス、僕は単に――」
「おっしゃらないでください、リアム様! あなたのその悲しげな眼差し(※刺激が減って本気でショックを受けているだけ)を見れば分かります! 敵であっても傷つけず、己の不屈の魂だけで退けたのですね……!」
「「「リアム様! 万歳!! リアム様! 万歳!!」」」
砦中に巻き起こる割れんばかりの歓声。
歓声の中心で、リアムは青ざめた顔で己のステータス画面を見つめていた。
【警告:現在の耐性値では、生半可な攻撃では『痛覚=昇華』の効果が十分に得られません】
(マズい……! このままじゃ、二度と気持ちよくなれない……ッ! もっと……もっと死にかけるレベルの危険地帯(過激な場所)に行かないと……ッ!!)
耐性の壁を突き破る「次なる刺激」を求め、リアムの思考はさらなる暴走を開始するのだった――!




