第5話:聖者として祭り上げられるリアム
クレア学園長によって『名誉聖者』に認定されてからというもの、俺の日常は文字通り「詰んで」いた。
「リアム様! 移動の際は我々第一親衛隊が前後を固めます! 蚊の一匹たりとも近づけさせません!」
「リアム様、道に小さな小石が落ちております! つまずいてお怪我をされては大変ですので、今すぐ排除いたします!」
「リアム様、本日の食事は毒味役に加え、万が一の喉詰まりを防ぐためすべてスープ状にすり潰しておきました!」
「……あ、ありがとう(※固形物を噛む歯ごたえの刺激すら奪われた……)」
歩けば周囲を重厚な鎧を着た騎士たちがガチガチにガードし、少し段差があるだけで「危険です!」と叫ばれ、訓練場へ行けば「聖者様の手を汚すわけにはまいりません!」と全員が平伏する。
刺激ゼロ。負荷ゼロ。苦痛ゼロ。
(あ、アカン……! このままじゃ……このままじゃ心が干からびて死んじゃう……っ!!)
自作の『重圧・持続激痛アンクレット』すら、「このような恐ろしい呪いの具足を一人で引き受けておられたとは……!」と泣きながら回収され、厳重に封印されてしまった。
俺は連日、豪華な自室のふかふかすぎるベッドの上で、天を仰いで絶望していた。
(痛みが欲しい……刺激が欲しい……! 誰でもいいから僕を殴ってくれ……! 劇毒を飲ませてくれぇぇぇッ……!)
俺が飢餓感のあまり涙を浮かべて「ハァ、ハァ……(※ご褒美に飢えている)」と息を荒げていると、部屋の扉が慌ただしく開いた。
「リアム様……っ!」
駆け込んできたのは、聖女エレノアと、すっかり忠実な信者となったアルフォンスだった。
二人の表情は、これまで見たこともないほど切迫し、蒼白になっている。
「エレノアさん、アルフォンス……どうしたの?」
「緊急事態です、リアム様……!」
アルフォンスが悔しそうに拳を握り締め、報告した。
「王都の北方に位置する『黒鉄の砦』が、突如現れた魔王軍の先鋒部隊によって襲撃されました! 敵の猛攻により、防衛線はすでに崩壊寸前です……!」
「魔王軍……!?」
俺の心臓が、ドックンと大きく跳ね上がった。
魔王軍。
人間界の常識が通じない、残虐非道な悪魔や魔導師たちの軍勢。
彼らが放つ攻撃は、凶悪な火炎、神経を焼き切る雷、命を蝕む暗黒の呪い、そして拷問——。
(ま、魔王軍……!? それって……人間の手加減された訓練とは比べ物にならない『超凶悪な極上ご褒美のバーゲンセール』じゃないか!!)
俺の目から、ウロコのように絶望の影が消え去り、内側から眩いばかりの歓喜の光(※恍惚)が溢れ出してきた。
だが、エレノアは俺のその表情を『危険を顧みず、民のために立ち上がろうとする不屈の覚悟』と受け取った。
「ダメです、リアム様! あなたが行く必要はありません!」
エレノアは涙をポロポロと零しながら、俺の手を強く握りしめた。
「あなたはこれまで、十分すぎるほどご自分を傷つけ、私たちを守ってくださいました! これ以上、あなたに惨劇の現場へ行っていただくわけにはいきません! ここは私たち騎士団が――」
「いいえ、エレノアさん」
俺はエレノアの手を優しく包み込み(※心の中では『お願いだから邪魔しないで! ご褒美の現場に行かせて!』と必死)、キリッとした眼光(※恍惚の鉄壁発動)でまっすぐ見つめ返した。
「僕が行かなきゃいけないんです。……そこに苦しんでいる人(※僕に刺激をくれる敵)がいるなら、僕は自分の身体がどうなろうと、絶対に止まりません」
「リアム様……っ!」
エレノアが息を呑み、感極まって胸を詰まらせる。
「くっ……なんというお方だ……!」
アルフォンスもボロボロと大粒の涙を流し、その場に膝をついた。
「自分の身を安んじることなど一切考えず、常に他者のために命を懸ける……! 俺たちの『名誉聖者』は、どこまで尊く、眩しいのだ……ッ!!」
「僕を……黒鉄の砦へ連れて行ってください!」
「……わかりました、リアム様! 私も、あなたのお供をいたします!」
こうして、過保護すぎる「ご褒美遮断環境」に耐えかねた俺は、周囲の感動と涙に見送られながら、待望の激痛と恐怖が渦巻く戦争の最前線――『黒鉄の砦』へと出撃するのだった。
待ってろ、魔王軍!
僕の干からびかけたドM魂を、思いっきり潤してくれぇぇぇッ!!




