楽園 4
翼が開く。両翼あわせて二メートルほどの全長。
「使役している幽霊はこれで三体目。やはり無尽蔵だと考えたほうがよいな」とプート。スキャニングバードを含めると四体目だが、何はともあれ幽霊の使役数に底が見えないことには変わりない。
「来る⋯⋯ニャン!」
突進。瞬く間にリリィの眼前に迫る。通り道にあった木の幹は球形に抉れていた。リリィは慌ててマジカルホップを使い、上へ逃げる。
「やはり奴には近づかないほうがいい。あの不可視の攻撃は、周囲のものを自動で狙っているようだ」
「ただの木まで⋯⋯。おそろしいニャンね」
またしても方向を変え、園田が迫ってくる。風を切る音が鳴り、次の瞬間には、リリィの左腕が捻り飛ばされていた。重心がずれ、リリィが落下する。
「あっけないわね」
園田は少し離れたところに着地し、リリィの苦しむ姿を見物しようと目を細めた。しかしリリィの腕の断面からは、血の一滴も流れていなかった。
「⋯⋯⋯⋯? なんなの、アンタ⋯⋯?」
リリィは立ち上がり、もう片方の手で断面を掴んだ。するとその付近が発光し始め、泥のように断面が流動していき、消えていた前腕が元通りになった。
魔力体は、魔力さえあれば何度でも回復可能。しかし、園田はその事実を知るはずもない。
「バケモノ⋯⋯!」
幽霊と霊能力という概念の中で生きてきた園田。彼女にはプートの姿も見えていないし、リリィの魔法の数々も、そういう霊能力だと考えていたところだ。だが今までの武装に加えて身体再生までするとなると、相手の力が霊能力を超える何かであると嫌でも察しがついてしまう。
園田は懐から爪切りを取り出した。左手の人差し指の爪をパチンと切り、その欠片を肩のコウモリに食べさせる。手慣れた餌付けの所作だった。
コウモリの幽霊の羽が、メキメキと音を立てて肥大化していく。両翼あわせて三メートルにまで大きくなり、縁の部分の肉が抉れて銀色の刃が剥き出しになった。
「霊力の流れが強まった。あの爪が力の源であり、主従関係の中枢でもあるようだ」プートが囁く。
「翼で機動力が強化されると同時に、彼女自身の肉体もそれに耐えうる強靭さを得ている。あのコウモリの霊力が彼女の中にも流れているんだ」
「なるほど、そりゃまた厄介だニャン」
だが相手の肉体が強化されているのであれば、ある程度の暴力行為にも躊躇がなくなる。
「マジカルチェーンだニャン⋯⋯!」
それは『新技』だった。桃色の鎖がリリィの手元に出現する。
同時に、園田のほうはさらに新しい幽霊を召喚していた。ツタンカーメンを彷彿とさせる、金色に輝く胸像。口からはうっすらと呪詛のような声が漏れている。
「なにあれ⋯⋯すごく気味が悪いニャン⋯⋯」
「精神攻撃の類だろう。なかなか鋭い相手だ」
物理的ダメージは生身の唯自身には一切通らない。しかし精神攻撃となれば話は別。致命的な精神ダメージを受けた経験は唯自身にもなかったが故に、それがどれほどの苦痛なのかは想像もつかなかったが、何はともあれあの胸像に近づくのは避けるべきだと判断した。
園田が再度突進してくる。スピードは先ほどの三割増し。見えない攻撃に加え、翼の刃とツタンカーメンまでもがリリィに牙を剥く。リリィは全神経を注いで回避に専念する。決して園田の半径2メートル以内に入らないようにしながら、チェーンを片手に三次元移動を繰り返す。
マジカルホップは跳躍の魔法。その動きはどうしても直線的になる。
しかしリリィの動きは、そんな弱点を感じさせないほどに軽やかで、動きのバリエーションも多彩だった。
魔法陣から魔法陣へ。威力も方向も異なるジャンプ台を次々に出現させ、スーパーボールのように跳ねていく。当然、園田はその動きを予想しようとするが、リリィ自身がどこにいるのかを把握することすらままならない状況だ。スキャニングバードを召喚すべきか逡巡したが、軟弱なあの鳥をここに呼ぶのは得策ではなかった。
「遅いニャ⋯⋯!」
跳躍。枝を潜り上方へ。その先にもう一つの魔法陣。そこに着地はしない。幹を蹴って減速しつつ方向転換。園田はまだフェイントに気づかない。枝にチェーンをかけて、一気に下へ降りる。その際も複数の魔法陣を展開して、ジグザグに移動。そのうちいくつかは踏まずに残しておくことで、園田の移動の妨害に再利用。接近される前に、またしても枝に鎖を巻きつける。
マジカルチェーンは、魔力量に比例して延長する仕組み。今や全長数百メートルを超えており、あちこちの木の枝に引っ掛けられて複雑な軌跡を描いている。
しかし、園田はそれを放置するほど愚かではなかった。不可視の攻撃で鎖を抉り、切断する。
⋯⋯こんな見え見えの罠、まさか本気で通じると思ってるわけ?
そんな園田の気の緩みとは裏腹に。
空中を通過した園田を目掛けて、周囲のの木々が迫ってきた。
ほとんど一瞬の出来事。七、八本ほどの木の幹が同時に迫り、そして、園田の胴体に直撃した。翼の刃や不可視の攻撃をもってしても、急な衝突を完全に防ぎ切ることはできなかった。
園田は何が起きたかわからないまま、地面に落下した。リリィは距離を置いて着地。マジカルアローを構えた。
「鎖は切ったはずじゃ⋯⋯」園田の声色には困惑が表れていた。
「二本目、だニャン」
周囲に散らばった木の枝の隙間から、切断されたはずの鎖を持ち上げ、見せつけた。
透明な鎖。起き上がった園田は、目を細めて僅かな光の屈折を捉え、どうにかその鎖を認識できた。
語尾にニャンとつけるだけで倍の魔力を得られるリリィ。二本の鎖を同時に扱うことも、当然可能だ。無論、色付きの鎖を囮にしながら透明な鎖を張り巡らせる技術そのものは、彼女の長年の経験あってのものなのだが。
「あんた、一体なんなの⋯⋯? あまりにも能力が多すぎる⋯⋯!」
「私はただのマジカル猫耳メイド戦士だニャン」
なんて余裕そうな答えを口にしながらも、リリィもまた園田の能力に当惑していた。幽霊の使役。それもここまで多様な種類を自由自在に操っている。霊能力という概念そのものに、リリィは初めて触れたのだ。
「私のことなんてなんにも知らないくせに⋯⋯邪魔しないで!!」まるで子どものように園田が喚き始める。
「知らないもなにも、子どもを襲っていたのはそっちで──」
言いかけたところで、リリィの猫耳が背後から迫る足音を捉えた。
振り向いたリリィの視線の先には、一人の中年男性が立っていた。
男はグレーの部屋着のまま、家から飛び出してきたかのような様子だ。いや、実際そうなのだろうとリリィは推測する。しかし一体なぜ⋯⋯?
なぜ⋯⋯彼はナイフを自分の首に押し当てているんだ?




