楽園 3
人形の頭が抉れ、全身から力が抜けた。
死体のように地面にドサリと落ちたニーちゃん。刻太にはそこで何が起きたのか理解できなかった。ニーちゃんが突進した次の瞬間、何もない空間で彼女の頭が消滅した。ただそれだけだった。
刻太の目の前に佇むプラナリアの幽霊は微動だにしていなかった。この悍ましい怪物が何かをしたとは思えない。かといって園田も、なにか行動を起こしたわけではなかった。なんの前触れもない、唐突な死。
「なにコイツ? 日本人形? キモ~」園田は虫でも潰したかのような口ぶりだった。
マゼンタに続き、ニーちゃんも。
目の前の女が、あの髪の毛のバケモノの関係者であることを、もはや刻太は疑っていなかった。しかし、気づいたところで既に、彼には頼れる仲間などいなかった。
眼前には、正体不明の攻撃手段を持つ女と、プラナリアの集合体。幽霊がじわじわと近づいてくる。
ない。
この状況を脱する手段はない。
今度こそ本当に、終わる。
──いのちが終わる。
瞬間。
プラナリアの幽霊が爆ぜた。
集合体の上半分が消し飛び、周囲に茶褐色の肉塊が飛び散る。
刻太も、園田も、あまりに唐突な出来事に困惑していた。
その一瞬のうちに、園田の胴体がぐいと引っ張られ、後方に吹き飛んだ。
「⋯⋯⋯⋯!!?」
その速度は並の自動車を凌駕していた。ほんの一瞬のうちに、園田は公園から住宅街を抜け、近くの雑木林にまで来ていた。
急激な減速。園田は慌てながらも、木の根元に着地した。高速で連れてこられたにしては、
「なんなの⋯⋯!?」
周囲を見渡す。そう広くはないが、高密度で木々が生い茂っている林だ。枝をくぐり抜け、平らな地面に移動する。
一体誰が⋯⋯こんなデタラメなことをしたのか。減速したということは、攻撃が目的ではないのか。
その答えは、スキャニングバードを召喚するよりも早く明かされた。
園田の目の前に現れた女は、なんとも奇抜な格好をしていた。
──ピンクのエプロンドレスとロングヘアー。そして、猫耳。
「マジカル猫耳メイド戦士・ラブリー♡リリィ、参上だニャン!
子どもを襲う悪い子猫チャンは、私が成敗してやるニャン♡」
「⋯⋯⋯⋯は?」
「油断するなよ。まだ能力の正体がわからない」
プートに言われるまでもなく、リリィは相手の能力の特異性を見抜いていた。
「幽霊の使役⋯⋯それも、一種類じゃない。あのプラナリアと、見えない幽霊の二種類⋯⋯。他にも使えるの?」ほとんど外には届かないような声でリリィは呟いていた。
魔法使い以外の人間と戦うのは初めてだった。相手が魔力体でない生身の人間である以上、ある程度は手加減しなければならない。
園田と刻太を発見したのはプートだった。彼女の帰宅中、刻太が襲われているとプートに告げられ、慌てて変身して林まで移動してきたのだった。
⋯⋯⋯⋯刻太くんが、無事に逃げてくれていれればいいのだけれど。
「先に聞いておくけど、あなたはどうしてあの子を襲っていたのかニャ?」
「別に、ただの憂さ晴らしよ。ビジネスも兼ねているけどね」
「ふーん⋯⋯」そこまで清々しいと、逆にありがたい。
光り輝く弓が出現する。
「マジカルアロー!」
あえてニャンとは言わずに、普通の魔力で小手調べの一撃。矢は園田の眼前まで迫ったが、そこでいきなり消滅した。当然、彼女は無傷。
やはり、日本人形を破壊した時と同じ攻撃だろうとリリィは推測した。
「はー⋯⋯そういう感じね」園田の顔に安堵の表情が浮かぶ。「大したことなさそうで安心したわ」
園田の背後に影が伸びる。そこから這い出てきたのは、巨大なコウモリの幽霊。それは彼女の肩に足をかけ、大きな翼は、まるで園田自身のものであるかのように、ゆっくりと開いた。




