楽園 2
公園。鎌鼬奏と乾裕太が泥まみれになった、あの公園。今は土も乾き、ボール遊びもできそうな様子だ。無人の公園のベンチに、一人の少年がいた。彼は何をするでもなく、ボーっと公園の中を見渡している。
「どうかしたの? そんなところで⋯⋯」
背後から話しかけられ、少年は目を丸くして振り向いた。
そこにいたのは、顔の右側に大きな火傷跡を携えた女性。
少年は手の中のマゼンタを隠すようにポケットに入れた。
「いえ、特に、暇だったので」佐々木刻太の声はやや震えていた。しかし、たかが火傷跡一つで相手を怖がるのも失礼かと思い、彼は平静を装った。刻太の最適解は、この時点で背を向けて逃げ出すことだった。しかし彼の良心が──知らない大人と一人で接することを躊躇いほどの純粋さが──彼を危険に晒したのだった。
園田が彼の右隣に座る。
「ねぇ、『美しさ』ってなんだと思う?」
「え⋯⋯なんですか、急に」
足を組む園田。
「世の中にはいろんな美しさがあるでしょ。世界遺産の景色とか、ハリウッドのセレブ俳優とか。君みたいな子は、どういうものを美しく感じるかなと思って」
「⋯⋯よくわかんないです」
艶やかな髪が揺れ、白い視線が刻太に向けられた。
「難しく考えなくていいのよ。あなたが一番、美しいと思うものを答えればいいの」
刻太は少し悩み、ポケットからマゼンタのミニチュアを取り出した。
「これ⋯⋯ですかね。ちょっとゴツイ奴ですけど、でもカッコよくて、お気に入りなんです」
あの時カミラに空けられた穴は、多少の違和感を残しつつも綺麗に修復されていた。紫色の再塗装もバッチリ決まっている。
「へぇ⋯⋯これ自分で塗ったの? ちょっと手に取ってみてもいい?」
「いいですよ」
マゼンタが白く細い指に持ち上げられる。園田はそれをボンヤリと見つめた。
「そういえばさ、美しいものといえば、髪の毛ってのもよく挙げられがちよね⋯⋯」
「⋯⋯はい?」
「なんでもない。気にしないで」
刻太の鼓動が加速する。頭の中で嫌な予感が広がり、慌ててマゼンタへ手を伸ばした。
──しかし、遅かった。
マゼンタの肉体は躊躇なく地面に叩きつけられ、胴体が真横に折れた。そのまま園田のヒールが上半身を踏み潰し、頭や腕が無数の破片となって散らばった。細かい部品は土と混ざり、見えなくなってしまった。
「は⋯⋯⋯⋯?」
あまりの衝撃に、悲鳴すら上がらなかった。
立ち上がった園田は、口元を抑え、口角が上がるのを隠そうとしていた。しかしそれはすぐに終わった。
「ククク⋯⋯ハハハハハ⋯⋯⋯⋯!!」
刻太はもはやマゼンタの回収を諦め、後ずさりしていた。目の前の狂気に、恐怖することしかできなかった。あのカミラとの戦いを経てもなお、訳の分からない人間が恐ろしくてたまらなかった。
「最近のガキってほんと気が利かないわね⋯⋯!
一番美しいものを聞かれたら、この私だと答えなさいよ!! そんなこともできないの!?」
さらにもう一度、念を押すようにミニチュアをつま先で踏む。ひねるようにグリグリと、マゼンタだったものが地面に押し込まれる。
「⋯⋯いいわ。オマエの家族の目の前で、オマエを幽霊に食わせてやる⋯⋯そして家族は全員洗脳して奴隷にするわ!」
公園の隅、柵の傍まで刻太は追い詰められた。他の人が来る気配はない。
園田の足元に、茶色く平べったい幽霊が生まれた。
──プラナリアの幽霊。刻太も教科書で見たことがあった。最初の一体はたかだか小動物程度に思えたが、次々と分裂していき、すぐに彼を凌駕する大きさの塊になった。
へたり込む刻太。影が頭上を覆う。
──その時、刻太の背後から足音がした。
ペタペタとアヒルのように素早く軽やかな足取りが、確かに近づいてきていた。
軽やかな跳躍。そしてプラナリアの幽霊に激突し、はじき飛ばした。
「⋯⋯ニーちゃん!」
「よっ。待たせたな、クソガキ」
全自動操縦の日本人形が、園田を目掛けて跳躍した。




