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日本人形前線 6

 廊下の最奥に、あの毛の怪物が見えた。「カミラを捕捉!」隊員が叫ぶ。


 カミラというのは、作戦の前に刻太が名付けた、あの怪物の名称だった。髪の毛みたいだから、カミラ。それだけの安直なネーミングだ。シンプルなくらいが、ちょうどいいのだ。


 既に戦闘は始まっていた。戦車の砲撃音が鳴り響く。命中し、爆炎がボォッと上がった。歩兵が撃ち始めるのは、もう少し近づいてからだ。


 それにしても、この騒ぎで起きてこないことを考えると、両親もきっと無事ではないのだろう、と刻太は逡巡する。早く突破しなければならない。


 その時、前方から黒い塊が飛来した。一瞬のうちに床に突き刺さったそれらは、尖った毛の針だった。


 同時に何十発、何百発もの針が飛来する。刻太の真横でも兵士が1人倒れた。マゼンタは無事だったが、遠くの方からも悲鳴がたくさん聞こえてくる。


 やはり、戦いは避けられないようだった。こちらから爆撃したので、当然と言えば当然であるが、そもそも刻太が最初に狙われたのだ。敵意があると見て間違いないだろう。


 そんな有様を目にしてもなお、その場にいる誰も足を止めなかった。叫びながら疾走し、また所々で針の弾幕に兵士が倒れる。ジャガー・ノートの足が砕けたプラスチック片を踏む感覚が、刻太にも伝わってきた。


 ──やはり、誰も死なないなんてことは理想論でしかなかった。


 それでも、なんの工夫もなく突っ込むよりは犠牲者は抑えられているはずだ。事実、かなりの数の針が、兵器の装甲に弾かれた。


「このまま進むんだ!」刻太はマイクに向けて叫んだ。


 距離は着々と縮まっていた。毛の針の勢いは弱まるどころか、むしろ強くなっているようにすら思えた。弾幕を掻い潜って走る兵士たち。真横でまた兵士が死んだ。まるでノルマンディー上陸作戦だ。冷や汗を拭いながら刻太は進み続ける。


 最前線が、アサルトライフルの有効射程内に入った。歩兵も射撃を開始した。攻撃が一回り大きくなったせいか、カミラの肉体が震え始めた。身体じゅうから毛の束が触手のように飛び出し、直接兵士たちを狙い始める。


 地を這い、兵士たちに襲い掛かる髪の毛たち。弾丸や砲弾で迎撃するが、あまりにも数の多い毛の束に、一人ずつ順番に絞められ、持ち上げられ⋯⋯そして死んでいった。


 それでも、突撃は続いた。ここで一度退いても、残りの人数で突破できるような作戦など、刻太の頭では思いつかないという判断だった。すでに歩兵の4割は死亡するか、無力化されていた。


 多脚戦車のカメラ越しに見るその惨劇に、刻太の手は震えを強めた。しかしそれでも、今はレバーを握っていなければならない。


 戦闘機イーウィンが後方から飛来する。パワーボムがカミラに直撃し、今までとは比べ物にならない大きさの球形の爆炎が広がった。


「今だ! 一気に行け!」


 部隊はほとんどカミラの足元に差しかかかっていた。茨の如く髪が密集する地帯をどうにか抜けるべく、銃撃を繰り返してどうにか道を切り開く。


 ここまでくると、もはや戦車などの乗り物は意味を成さない。ジャガー・ノートの関節部に髪が絡みつく。見上げると、まるで塔と見紛うような黒い影があった。


 血の気が引く。脚が動かない。すると上部の装甲が勢いよく剥がれた。


「いくぞブラザー!」


 マゼンタの図太い腕が刻太の服を掴む。素手で装甲をブチ開けたのかよ、と思う間もないまま、そのまま階段まで運ばれる。


「ちょ、ちょっと! まだみんなが⋯⋯」


 目線の先。階段の手前では、まだ兵士たちがカミラの毛に絡めとられていた。力強い力で圧迫され、バチンと切断された者もいる。刻太は目を背けたくなったが、その光景をしっかりと目に焼き付けていた。そうすることが誠実なのだと思ったからだ。


「あいつらのことは残念だ⋯⋯しかし、ブラザーの両親を救うのは、ブラザー自身じゃなくちゃダメだ!」


 マゼンタが力強く跳ぶ。階段を三段分、一気に越えた。それが連続され、衝撃が何度も骨に響いた。


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