日本人形前線 4
雷に打たれたかのような衝撃とともに、佐々木刻太は目覚めた。
全身に悪寒が走る。野生の本能のようなものが警告する。命の危険がすぐそこまで迫っていた。
暗闇。ほとんど視界は真っ暗だが、それでもハッキリわかる。なにか鋭い針のようなものが、眉間を目掛けて飛んできている。咄嗟の判断で右に寝返りを打ち、どうにか躱す。
首の後ろに痛みが走る。針が掠った。しかしそんなことを気にしている場合じゃない。ヤケに重い身体をもぞもぞと動かし、ベッドから降りようとする。
──なぜか、ベッドから降りられない。というより、ベッドの端が見当たらない。
覚めたばかりの目をこすり、辺りを見回す。すると、やけにベッドが広くなっていることに気づいた。まるで体育館のようだ。敷布団から脱出し、立ち上がる。そんな少しの動作で、体中が汗だくになった。
その頃には、刻太は自分の身に何が起きているのかなんとなく理解していた。
──身体が、縮んだのだ。周りの縮尺から推察するに、身長はおよそ五センチ強。そりゃあ、布団も重いわけだし、寝返り一つでベッドの端になんていけるわけもない。
息を整えながら、上方に目をやる。視界の中央にどんと構えるのは、昨日と同じ、あの黒い影。
床が軋むような不快な音を立てながら蠢く、髪の毛の集合体。その悍ましく無秩序な動きは、ミミズやヘビの群れを彷彿とさせる。小人になった刻太から見ると、その巨体はまるで怪獣のように見えた。
そんな怪物の輪郭、細い毛の一本一本が、カーテンの隙間から差す月光に照らされ、青白く輝いている。
美しさと醜さのコントラスト。その異質なヴィジュアルに、一瞬だけ刻太は畏怖を覚え、同時に見惚れた。しかし、再び迫りくる毛髪の槍が、その余韻を許さなかった。
風を切り、直進する毛の束。刻太がその攻撃に気づいた時には、回避の猶予は残されていなかった。このまま胴体を貫かれる──。心臓が握りしめられたような感覚を覚え、同時に刻太は死を覚悟した。
しかし、彼の身体が貫かれることはなかった。
爆音が鳴り響いた。怪物の肉体がバランスを崩し、倒れそうになる。ギリギリ転倒せずに持ちこたえたようだったが、その際に毛の束もあらぬ方向へ飛んで行った。
刻太はここでどこかへ身を隠すべきだったが、しかし彼はただ、その光景を眺めていることしかできなかった。先ほどまでの畏怖混じりの硬直とは異なる、純粋な羨望。そして、憧憬のまなざしだった。
突如壁面に発生した、無数の閃光。バチバチと眩しい光が点滅し、同時にドドドドと鈍い音も聞こえてくる。怪物はジリジリと後退し始めた。
⋯⋯間違いない。これは、銃声だ。
目を凝らし、ベッドと反対側の壁を見る。棚の中のフィギュアたちが、動いているように見えた。いや、確かに動いている。不格好な紫の塗装が、僅かながらに光って見えた。
沈むマットレスを一歩一歩踏みしめ、刻太は歩き出した。鈍いプロペラ音が響き始め、こちらに近づいてくる。
ヘリコプターだ。陸自のUH-1J。ミニチュアのはずだが、実際に空を飛んでいる。プロペラの風圧が、シーツに波紋を広げている。
上方から、眩い光が生じた。刻太は思わず目元を腕で覆った。横目で見ると、中の隊員が、軍用ライトで刻太を照らしている。
機体が刻太のすぐ近くまで近づき、側面の扉が開いた。
「司令官! お迎えに上がりました!」
隊員が、刻太に手を差し伸べる。
「俺が⋯⋯司令官?」
彼の頭の中は混乱で埋め尽くされた。巨大な怪物。動くミニチュア。だけどこの光景が夢ではなかったとして、確かにこれらのミニチュアの所有者は、紛れもない刻太自身だ。
「我々だけでは、今のようにガムシャラに攻撃するのが限界です! この家の地理に精通し、我々全員のスペックまで把握しておられる司令官に、どうかご指示を頂きたいのです!」
現実離れしすぎた現象ではあった。しかし、刻太の脳裏には、数年前までの自分の姿が思い浮かんでいた。乱暴にオモチャ同士をぶつけ、脳内で激戦を空想していた自分。
──いつからか、刻太はオモチャを飾るだけになっていた。配置を考え、定期的に手入れをするのも楽しい時間ではあった。だが、彼のマインドは現在、昔の遊び方をしていたときのそれに変貌していた。
「⋯⋯やってやるよ!」
刻太は隊員の手を強く握った。




