日本人形前線 2
「いやワタクシは!?!?」
刻太の家へと出発しようとしたとき、奏がいきなりダッシュしてきた。高級な洋服が砂埃で汚れるのも厭わない。
「このビューティフルで、エレガントで、パワフルなワタクシを呼ばないって! そんなバカな選択肢がありますか!」
「いや奏は⋯⋯来る必要ないだろ。今日はただ日本人形を見に行くだけだし」
「ハァ〜? どんだけ人のこと舐め腐り星人なのですか! こうなればワタクシ、意地でも行きますわ!」
「⋯⋯まぁ、今は親がいないし、なるべくたくさんの人に来てほしいかも。
うるさい方が怖さが和らぐし」
刻太の言葉に、「ほらみたことか」と自慢げな表情を浮かべる奏。
うるさいことは否定しないんだなと、亘は内心呆れていた。
リノベから三年の二階建て一軒家。グレーの外壁は埃を被りつつも、まだギリギリ新築の美しさを保っている。
四人はそのまま中へ入った。その際、霊禍の靴が乱暴に脱ぎ捨てられたのを、亘がさりげなく揃えておいた。
「へぇ〜綺麗じゃん」と霊禍。たしかに、オバケなんて出るような雰囲気じゃないなと亘も思っていた。
奏だけは唯一、異常なまでの豪邸に住んでいるため、この家が他の住宅と比べてどうなのかはあまり分からなかった。
「ここがリビング。そしてアレが、例の日本人形だよ」
部屋の隅。ソファの脇に置かれた透明なケースの中に、それはあった。
──高さ約五十センチ。紅色の着物と藍染めの帯を纏った人形。真っ白い肌と黒いおかっぱ頭のコントラストが、異様なオーラを放っている。
「うわっ⋯⋯これは確かに不気味ですわね」と言いながら、奏は無意識のうちに人形との距離を取っていた。
「だろ? 特にさ、この顔が⋯⋯なんなリアルに左右非対称で怖いんだよ」
亘はしゃがみ込んで人形の顔を覗き込んだ。確かに刻太の言う通り、やけにリアルな顔面だ。リノベーションされた新しい壁の白さと、人形の肌の白さが、不気味に同調しているように見えた。
「でもさ、刻太のおばあちゃんは、これを可愛がっていたわけでしょ?」と亘。
「まぁね。俺が怖がるから、昼間は奥に仕舞ってたけど⋯⋯毎晩しっかりお手入れはしてたよ。それくらい大切なものだろうから、あんまり悪く言いたくないんだけど⋯⋯。
でも、やっぱ怖いもんは怖いしさ。昨日、俺の部屋にバケモンが出たんだよ⋯⋯」
既に霊禍と亘はその件を把握していたが⋯⋯奏もいることだし、もう一度話を聞くことにした。そこで語られた内容は、先ほどとなんら変わらない、オチのない怪談のようだった。
「こわ⋯⋯⋯⋯」と奏は思わず呟いた。
「音も聞こえたっていうんだから、単なる見間違いでもなさそうだな。
髪の毛の集合体みたいなバケモノか⋯⋯。日本人形といえば髪の毛が伸びるっていうけどな。関係があるかは今のところわからねーな」
「霊禍、この日本人形からは何か感じないか?」と亘が尋ねる。
「⋯⋯少なくとも、悪い雰囲気は感じないな。でも、ただの人形で済ませるには、オーラありまくりだ」
「やっぱそうだよな⋯⋯」と刻太が漏らす。「手入れされてるけど、数十年分の年季が入ってるんだからな」
みんな、黙ってしまった。
人形が直接の要因とも断定できない状況だ。あまりにも情報不足なのだから、仕方ないといえば仕方ないのだが。
「⋯⋯まっ、じゃあ次は刻太の部屋を見せてもらおうかな」と霊禍が切り出した。
「えっ⋯⋯」
刻太は困惑し始めた。
「な、なぁ、リビングで遊ばね⋯⋯? 今日は人形を見に来ただけだろ?」
霊禍はその反応の違和感を見逃さなかった。こうなりゃ躊躇は不要。何の前触れもなく床を蹴り、一気に廊下を駆け抜ける。
「あっ、オイ!」
刻太が慌てて追い始めるが、既に遅かった。霊禍は既に、刻太の部屋のドアを握っていた。
扉が開く。
中に広がるその光景を、霊禍は目の当たりにした。
──壁一面の棚に、ミリタリー系のフィギュアが敷き詰められている。そんな景色だった。
刻太は、もはや追いかける気力もなくし、絶句していた。




