マジカル猫耳メイド戦士・ラブリー♡リリィ 6
「⋯⋯負けました。煮るなり焼くなり好きにしてくださいよ」
空間魔法が解け、人気が戻った幽魔町。民家の屋根の上で、唯と塗は寝そべって星空を見ていた。
「別に負けたわけじゃないでしょう。引き分けですよ」
「いや、負けです。」
塗は起き上がり、唯の顔を見た。
「意外と大人なんですね。『ニャン』だなんてよく言えますね」
「やめてよ」唯は笑った。
二人は屋根からベランダを経由して、雨どいのパイプを掴んで地面に降りた。
「あなた高校生?」
「年齢的には。もう学校には行ってませんけど」
「じゃあまだ経験も浅いでしょう。それなのによくあそこまで対応できましたね」
「⋯⋯まぁ、魔法少女ですから」
道路を歩く。戦っているうちに随分と遠くまで来てしまっていた。唯が淡々と歩を進め、塗がそれに続く。
「ってか、なんであんな回りくどい罠をしかけたんすか」
塗にそう聞かれ、唯は逡巡した。
「あなた、名前は?」
「⋯⋯逆鉢、塗です」
「塗さんね。私は梨里島唯」
勝ったのに、自分の情報を晒す。その感覚が塗には理解できなかった。
「どう足掻いても、私じゃ塗さんに勝てないと思ったんだよね。あの空間属性?の一撃、的確に置いていたもん。見事に読まれてるなって」
「はぁ」
「だから、最後には塗さんを信じることにしてみたの。絶対に私を倒してくれるって」
──信じる。そんな言葉をかけられたのはいつぶりだろうか。そういえば今も、唯は自分に背を向けている。いつ背後から刺されてもおかしくないのに⋯⋯。思わず、あの学級委員長の顔がよぎった。
二人は路地を抜け、あのアパートが見える辺りまでやってきた。
炎は消えており、真っ黒になった建物が夜空と同化していた。改めて、家が全焼したという事実が唯にのしかかる。大きなため息を漏らしてうずくまる唯の姿を見て、塗は急激に申し訳なくなってきた。
「あの、私、新居の費用出しますから⋯⋯」
『滅多なことを言うな』
背後からそう告げられ、塗は思わず悲鳴を上げた。後ろにいたのは、浮遊する山羊の頭蓋骨。悪魔プート・サタナキアだった。
「えっと⋯⋯唯さんの契約してる悪魔さん⋯⋯?」
『いかにも。』
塗は困惑していた。悪魔が契約者以外に姿を見せるなど、そうあることではない。
『きみは随分と淡々としているが、唯くんに負けたのだから、契約不履行でダンタリオンからペナルティを喰らうのではないか?』
「まぁ、そうでしょうね。でも仕方がないですよ。私がどうなろうと平気ですから。あの子にさえ何も起こらなければ、それでいい。何があろうとあの子にだけは手出しをしないという契約なので」
悪魔との契約不履行。それは十中八九死を意味するのだが、塗の表情はどうにも落ち着いていた。むしろ赤の他人である唯の方が、それを聞いて動揺していた。
──こんな年齢の子が、そこまでの覚悟を持って戦っていただなんて。
「⋯⋯一緒に、逃げよう」
「はい?」
「今の私なら、あなたの悪魔に少しは対抗できる。それにその様子だと、四六時中監視されているわけでもないんでしょ?
塗さんが罰を受けるのは間違っている。私の家を燃やしたのも、私を殺そうとしたのも、全部悪いのは悪魔なんだから」
震える声が響いた。唯は塗の肩を掴み、真っ直ぐ目線を合わせた。その感情に偽りがないことは、誰の目にも明らかだった。
──どうして。
どうして今更、自分に優しくするんだ。
「⋯⋯ごめんなさい。
ここで逃げたら、今度こそあの子に危害が加えられますから」
あの子、という言葉が誰を指しているのか、唯には分からなかった。ただ塗の覚悟が変わりそうにないことだけが確かだった。
「でも⋯⋯」
納得はしていなかった。しかしここまで言われてしまっては、二の句が継げなかった。
もはや強硬手段しかないか。そう考えた瞬間に、プートの声がした。
『その必要はない』
「え?」二人は同時に声を上げた。
『すべて私に任せておけばいい。契約している悪魔を殺せば、すべて解決だろう?』
「はい? いや、そんな──」
塗の言葉を遮るように、肉の千切れる音がした。
道路脇に巨大な影が浮かぶ。三メートルほどはある巨大な裸の人体が、宙に浮いて磔になっていた。まるで古代ギリシャの彫刻を思わせる筋肉質な肉体。音もなくそんなものが現れたその瞬間の光景は、異常としか言いようがなかった。
二人はその顔を見上げていた。
薄緑の肌は何重にも重なり、まるでズタボロの布のようだった。首筋に見えない牙のようなものが食い込み、灰色の血が噴き出した。肉体は震え、足元から繊維状に分解されていく。
三秒ほどで肉体が完全に分解され、消失した。
『さて、これで終わりだ』
あっという間すぎて、唯はおろか塗すらも、自分が解放されたことに対する喜びを抱くことができなかった。困惑のほうが、遥かに強い。
『ありがとう。私はこれまで唯を人と戦わせるのは避けてきたが、おかげで新しい扉が開いたよ。
これはそのお礼だ。もうきみは自分のことも友達のことも気にしなくてよくなった』
「え? いや、はい、えっと、ありがとうございます⋯⋯?」
あまりに突拍子もない解決に、二人は困惑していた。こんなの、ご都合主義じゃないか。
⋯⋯そうだ。ご都合主義だ。自分の人生はこの悪魔の手中にあって、結局はすべて彼の台本通りにすぎないのだ。私は、ただの操り人形だ。
唯は改めてその事実を実感するのだった。今はまだ、人々を助けられるのであれば、操り人形だって構わないと思っている。だけど将来彼女が狂わない保証は、どこにもないのだった。




