マジカル猫耳メイド戦士・ラブリー♡リリィ 5
魔法少女☆アブソリュート・ゼロの活動の始まりは二年前だった。元凶は、あの赤い本。
当時東京で普通の中学生として暮らしていたゼロこと逆鉢塗には、一人の友人がいた。真面目な学級委員長の女の子。仲間思いで思慮深く、そして読書が好きだった。
素行の悪かった逆鉢塗に、ありのままの態度で接してくれた唯一の人間。誰にも信じてもらえなかった中で、ただ一人自分を信じてくれた少女。
そんな彼女が、ある日から学校に来なくなった。心配に思いながらも復帰を心待ちにしていたが⋯⋯彼女の帰還は悲劇的なものになった。
あの時の悲鳴は未だに塗の耳にこびりついている。彼女は近くにいた数人のクラスメイトを殴り殺した。そのパンチの威力は、教室の壁がひび割れるほどだった。床に多量の血が広がった。
どうにか騒ぎが収まった頃に、塗は彼女の懐に赤い本があるのを発見した。どさくさに紛れてその本を取り上げた。そのあとすぐに警察が来て、彼女は連行された。
それから彼女は正気を取り戻したらしかった。しかし、判決は有罪。彼女は一生、人殺しとして生きることになった。大人たちやクラスメイトはあの時の彼女を『おとなしい子の凶暴な本性』として語っていた。塗にはそれが許せなかった。
それからのことは、塗の記憶にほとんど残っていなかった。彼女の罪をなかったことにするために、赤い本経由で出会った悪魔・ダンタリオンと契約し、魔法少女として働き始めた。彼女がやったことは、いつの間にかこの世界から消えていた。
赤い本の働きを妨害する者たちを殺し続けた。不思議と心は痛まなかった。魔力体になると心も凍るのかもしれない。この二年で十人は殺しただろうか。学校も休んで、世界中を巡ってきた。殺して殺して、そして今に至る。
──あの子を人殺しにさせない。そのためなら、どんな相手でも殺してみせる。
マジカル猫耳メイド戦士・ラブリー♡リリィは、歪んだ視界でどうにかゼロを捉えていた。どうやら向こうからは動かないらしい。
『まさか空間属性を実戦で使うとは。相手は相当戦闘慣れしているようだな』プートの助言が脳内に響く。歪んだ感覚のなかでその声だけ鮮明だから逆に気持ち悪い。
「属性とかあるの? 知らなかったんだけど⋯⋯!」
『すまない。まさか対人戦になるとは思っていなかったんだ。それはさておき、ワールド・ディストートは魔力消費量も多く、後隙も大きい技だ。きっとリリィくんの動くルートを狙ってくるぞ。慎重に動け』
「わかった」
攻め方のパターンをいろいろ考えてみる。今までも工夫を凝らした戦い方をしたことはあったが⋯⋯対人戦となると生半可な工夫はかえって逆効果だろう。
跳びあがって上から攻める? 動きが大振りになりすぎる。
マジカルアローで牽制する? 右手ナシじゃ使えない。
マジカルホップを多用する? おそらくそれが一番警戒されている。
そこまで考えたところで、急激に頭の中が晴れた。
リリィの脳内に生まれたアイデアは、ひらめきと呼ぶにはあまりにも不格好で無理やりだった。しかし、思いついてしまえばこれ以外の手法など考えられなくなっていく。まるで脳が侵食されていくかのような感覚だった。あの赤い本の文字のように。
マジカル猫耳メイド戦士・ラブリー♡リリィが跳ねた。大きく、それはそれは大きく跳ねた。猫耳だというのに、さながら月まで跳ねる兎のようだった。
ゼロは心を落ち着け、落ち着いて落下地点を予測した。暗い夜空で、星々に紛れた彼女を探すのは簡単ではなかったが、魔力体の強化視覚ならそこまで時間はかからなかった。それにしても、本当に大きく跳んだものだ。
──さすがに、そのまま落下攻撃をしてくるだけではないだろう。
対人戦闘のコツは、自分が相手の立場だったら何をするか考えることだ。ゼロはそういう思考が得意だった。
リリィの手札を改めて考えてみると、やはりマジカルホップが曲者だ。単純であるがゆえに応用が利くタイプだ。連発も可能なのではないか? なにはともあれ、空中で軌道を変えたいのならばそれしかないだろう。
ピンクの魔女が次第に迫ってきていた。およそ百メートルほどだろうか。星空の下、拳をこちらに向けていた。
⋯⋯まさか、パンチをしようとしている?
あり得ない。しかし彼女の右手を見て、認識を改める。魔力が煙のように噴き出している。
──やっぱり、あの魔力量は無茶だったんだ。跳躍は目くらまし。それ以外の絡め手を警戒させるための派手な演出だ。ブレード一本出せないようじゃあ、やはり魔力不足だろう。
距離40。無論、直前でブレードを出されたり、ホップで軌道を変えられることは充分に警戒している。
距離20。猫耳メイドらしくない、必死の表情が見えた。歯を食いしばり、まっすぐこちらを見ている。これが演技なら大したものだ。やはりこの一撃に全てを賭けているらしい。
ゼロはアイシクルランスを手元に作り出した。
距離5。リリィの身体が、大きく右にズレた。身体の側面にマジカルホップの魔法陣を展開したのか。着地したリリィを視界の隅で捉えた。間髪入れずに横方向から迫ってくる。ゼロはアイシクルランスを構え、相手を真正面に捉えて斬撃を喰らわせた。
マジカル猫耳メイド戦士・ラブリー♡リリィの胴体は真っ二つになった。
ゼロは勝ち誇った表情を浮かべた。リリィは勢い余って、ゼロの横を通り過ぎて倒れた。甘い。なんて甘いんだ。こんなちょっとの工夫で私を倒せると思うだなんて。浅はかにもほどがある。
⋯⋯そう考えるゼロの肉体もまた、胸部のあたりを真っ二つに切断されていた。切断面がずれ、下半身の感覚が消えるのは、この一秒後のことだった。
一瞬のことで、理解ができなかった。ゼロは残り僅かな余力をふり絞り、後ろを振り向いた。
リリィの身体は、確かに斜めに切断されていた。右耳の上から腰の左側まで、一直線の断面が見える。
その、ちょうど中間。
胸部の辺りに、一筋の刃が見えた。
まさか、体内に、マジカルブレードを仕込んでいた、のか。
どうして、そんな回りくどいことをするのか、ゼロには理解できなかった。ただ一つ確かだったのは、自分が相手の罠にはまったという、ただそれだけの事実だった。結果は相打ち。だけどゼロの断ち切られた胸の内には、敗北感だけが充満していた。




