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マジカル猫耳メイド戦士・ラブリー♡リリィ 3

「これはこれは、大変なことになったね」


 浮遊する山羊の頭蓋骨。悪魔プート・サタナキアは呆れた口調でそう口にした。


 しかし、返事はなかった。唯の目は虚ろに、口は半開きになっていた。


「わたしの⋯⋯いえ⋯⋯」


 消防車が放水を開始した。幸いなことに、唯が住んでいたのは角部屋。逃げ遅れた住人はいない様子だった。


 ⋯⋯それはまぁ、よかったのだけれど。


 自室の全焼。火災保険には入っていたものの、保管してあった重要書類や通帳・印鑑⋯⋯家具や家電までもが一斉に消え去った。というかそもそも、今からどこで寝泊りすればいいのかすら分からない。疲れ切った唯にとって、これらのタスクが一気に押し寄せるストレスは耐えがたいものだった。


「⋯⋯い! 唯!」


 プートに叫ばれ、どうにか意識を取り戻す。


「しっかりしろ! 後方に急激な魔力反応が出現したぞ!

 こちらを狙っている!」


 我に返り、辺りを見渡す。


 気づいた時には、既に周りの人間が消えていた。あんなにうるさかった野次馬たちが、一人もいない。


 空気が青色を帯びている。


 先ほどまで自室を容赦なく侵食していた炎が消えていた。消防車はあるが、それを操る消防士も、ホースの先から出ているはずの多量の水も、まるで最初からなかったかのように、忽然と姿を消したのだ。


「まずいな⋯⋯この距離まで気づかなかった」


 プートの声を聞くまでもなく、唯はこの異常事態を把握しつつあった。


 右手で鞄からマジカルステッキを取り出す。慣れた手つきで棒を上方へ構え、左手は腰に当てる。そんな馬鹿げた構えこそが、彼女を変身させる秘密の魔法。


『マジカル♡リプレイス!!』


 躊躇や羞恥を一切感じさせない、力強い叫び。


 その掛け声に合わせ、彼女の肉体は淡い白色に光り始めた。


 衣服はどこかへ消え、肉体とステッキだけが残った。それから瞬く間に全身を包み込むピンクのドレスが出現し、その上に純白のエプロンが現れる。


 エプロン紐は過剰なまでに巨大なリボン結び。足は薄茶色のパンプスと白タイツで包まれる。


 頭部も徐々に変わり始めていた。頭骨は歪み、目元が大きくなっていく。瞳は青くなり、まつ毛はキリッとした雰囲気に整えられた。髪は淡いピンクに変色し、元の何倍もボリューミーに。


 仕上げにメイドカチューシャと、実物さながらの猫耳が装着される。


『マジカル猫耳メイド戦士・ラブリー♡リリィ、参上だニャン!!!』


 ──魔力体への換装が完了した。これにより、少なくとも生身の梨里島唯が物理的ダメージを被ることはなくなった。


「さて⋯⋯この空間術は誰の仕業なのかニャン」


 強化視覚で周囲を見渡す。ほとんど現実の幽魔町と同じ光景ではあるが、やはり人影や炎は消滅している。


 しかし⋯⋯怪しい人物や物体は一切見当たらない。


 刹那。胴体の右側に痛烈な衝撃が走った。まるで自動車に轢かれたのかと錯覚するほどの威力。リリィは吹き飛ばされ、民家の塀と外壁を貫通して屋内に転がり込んだ。


「へぇ⋯⋯なかなかタフなようですね」


 民家のリビングに横たわるリリィの耳に、そんな声が届いた。壊れた壁の向こう側を見ると、そこにはリリィに似た華美なドレスを着た、十代くらいに見える少女が立っていた。


「あなたは⋯⋯?」リリィが立ち上がる。


「⋯⋯まっ、アナタと同じ、ちょっとした魔法少女のようなものですよ」


 リリィとは対照的な、真っ青なドレス。こんな異常な状況でさえなければ、ただのコスプレにしか見えなかっただろう。左手には身の丈ほどの無機質な杖が握られている。


 自分以外の魔法使いなんて、初めて見た。


「あの家を燃やしたのはあなた?」


「えぇ。まぁ、魔法でライターを運んで火をつけたんですよ。結構原始的でしょう?」


 ひとまず、無視。立ち上がり、脇に浮いていたプートに視線を送る。情報をよこせという合図だ。


『きみと同じく、魔力体のようだ。目的は不明だが⋯⋯戦うとなれば遠慮は無用だ』脳内に低い声が響いた。


「なるほど⋯⋯

 あと一応言っておくけど、私は魔法少女じゃないから。

 マジカル猫耳メイド戦士だから。そこだけよろしくね。

 ⋯⋯それで、目的は?」


「この町で、『赤い本』の破壊が確認されました。あの呪物は私の契約主の趣味の産物なので、それを壊したあなたに復讐しにきたというわけです」


 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。


 ヤバい。マジで身に覚えがない。


 グレイヴに目配せする。


『本当に知らない』


 本当に知らないらしい。ちなみに、少女にもプートは見えていない。


「あの、人違いだと思うんですけど」


「そんなわけがないでしょう。魔力ナシでは呪物は破壊できない。そしてこの町に魔法使いはあなただけ。

 他の町からの魔力痕もありませんでしたし」


「いやほんとに──」


 言い終わる直前に、前方から水色の巨塊が飛来した。無論、反応できるはずもなく⋯⋯ガードもしないまま激突した。


 痛覚はない。しかし、上半身が焼けるような感覚に包まれた。後方に吹き飛び、壁を突き破って道路に出る。


 あの感覚。低温火傷だ。室内に散らばる氷の欠片たちを見て、リリィは断定した。魔法少女は無表情のままリビングに立っている。


「あなた、名前は?」


「⋯⋯魔法少女☆アブソリュート・ゼロ、ですけど」


 その発音には若干の躊躇が込められているように感じられた。きっとまだ未熟なのだろう。


 普段であれば、平和的な解決を目指すところだが⋯⋯今のリリィには過労と火災のストレスが溜まっていた。それに相手は魔力体。多少痛めつけても問題ない。


「ゼロちゃん」


「⋯⋯? なんですか」


「私は小学校の教師なのだけれどね、一番気を付けているのは、子どもたち同士のトラブルの事実確認を徹底することなの。冤罪なんてもってのほか。特に子どもの認知は歪むこともあるから、充分に気をつけなくちゃあならないけど⋯⋯私は他の先生たちと比べても、特にそこにこだわっているの。どうしてかわかる?」


 アブソリュート・ゼロは怪訝な顔をした。


「私は、やってないことをやったと言われるのが一番嫌いだからだニャン!!!!!!!!」


 リリィは地面を蹴り、一瞬で距離を詰めた。ゼロの瞼が動く。目で追うことすらままならないスピード。


 マジカルステッキが光り輝き、巨大な刃に変化する。


「マジカルブレード!!!!!! だニャン!!!!!!!!」


 ファンシーで暴力的な刃がゼロに襲い掛かる。ゼロは杖を両手で持ってどうにかガードした。しかし、リリィのブレードは明らかに威力が大きすぎた。


 あまりにも強大な魔力。ゼロはその違和感に気づいていたが、最後までこの正体に気づくことはない。なにせその力の根源は、あまりにも馬鹿げていて、推測などできるはずもないのだから。


 ⋯⋯マジカル猫耳メイド戦士・ラブリー♡リリィは、語尾に『ニャン』をつけてから十五秒間、魔力が二倍になるのだ。


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