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マジカル猫耳メイド戦士・ラブリー♡リリィ 2

「起きたまえ、唯くん」


 そう呼ばれて、クシャクシャのシーツのうえでゆいが目覚めたのは、朝の五時のことだった。


「⋯⋯おはよう、プート」


「昨日はかなり模範的なヒーロー像だったな。嬉しい限りだ」


 目線の先に浮かんでいたのは、山羊の頭蓋骨。朝日に照らされた白色は怖くもありシュールでもあるが、唯にとっては見慣れた光景だった。


 悪魔『プート・サタナキア』。彼との契約が始まったのは二十年前のことだった。


 当時中学一年生だった梨里島唯は、カラオケボックスで幽霊に襲われ、友人もろとも殺される寸前だった。そこで突如現れたプートと土壇場で契約を交わし、見事マジカル猫耳メイド戦士になったというわけだ。


 応じなければ命の危険があったため、なかなかに不公平な契約ではあったが、最初の数年間はドタバタしながらも楽しくやっていた。


 ⋯⋯今はもう、ただただしんどかった。


「今日は一時間目から理科の実験だろう? 予め用意しておかなければな」


「わかってるよ⋯⋯」


 食パンを生のまま口に放り込み、加熱済みベーコンもそのまま食べる。いつもの服に着替えて、持ち物を確認し、そのまま家を出た。


 徒歩8分ほどで小学校に到着。車は持っていないため、異動があれば前提が崩れるが⋯⋯まあそこは追々対策すればいい。


 到着したらまぁ仕事仕事仕事仕事。子どもに挨拶。昨日やるはずだった事務的な仕事もこなす。三者面談の予定表も完成させなければいけないが、後回しにしよう。


 そんなこんなで朝の会が始まる。教壇に立ち、本日の連絡タイムだ。


「今日は⋯⋯いつも通りの時間割ですね。うん、特に連絡することは⋯⋯」


「養護教諭の不在を言い忘れているぞ」


「あっ⋯⋯そうだ、今日は養護教諭の先生が不在なので、保健室が開いてないですから、体調が悪くなったら先生に報告してくださいね」


 プートは教壇の裏からいつもこのような助言をしてくれる。彼曰く「日常回でのトラブルはそこまで求めていない」とのことだった。


 ──『日常回』。そんな言い方をするのには理由があった。


 この悪魔は、梨里島唯の人生そのものを、ひとつのアニメ作品だとしか捉えていないのだ。唯の中学時代から今に至るまでの長い道のりは、プートにとって毎日放送の萌え系コンテンツでしかないのだ。


「キミらが二次元のキャラを好むように⋯⋯我々のなかにも三次元の人間を好む者たちがいるんだ」と、いつぞやのプートは言っていた。なんだかおかしな理屈だと、今でも思っている。


「さて、次は理科室に行って準備をしなければな」


 プートは唯の近くをフヨフヨと浮いている。児童を含め、他人からは彼の姿が見えない性質らしい。


「すんません遅刻しました!!!」


 廊下の奥から、霊禍が慌てて駆けてきた。いつものことなので、今さら強く注意することもないが⋯⋯多少は咎めておこう。


「ちゃんと早起きしてね。これができないと一生困っちゃうんだから」


 ⋯⋯そう発言する裏では、霊禍の身に何事もなかったことに対する安堵もあったのだが、威厳を保つために表情には出していないつもりだった。


「威厳? 毎晩あんな格好で徘徊しているというのにな」と、隣からプートが口をはさんできた。お前のせいだろと唯は思った。


 そんなやり取りがあったとはつゆ知らず、霊禍はすみませんとだけ言って教室に入っていった。


 そう。プートを認識できないのは、超感覚を持つ幽ヶ崎霊禍も例外ではないのだ。




 長い長い一日の終わり。


 コーヒーを三杯も飲んでどうにか意識を保ちながら本日分の仕事をこなした唯は、そのまま帰宅するつもりだった。既に夜の八時。しかし彼女にとってはまだマシな終業時間なのだ。


 これに部活の顧問なんて仕事が追加された日には⋯⋯きっと生活が破綻してしまうだろう。


 暗い住宅街を歩く。時間もないので、気持ち早めに。


「今夜はパトロールしないのかい?」


「昨日マジで疲れたから⋯⋯今日だけはムリ!」


「なるほどなるほど。それは残念だな。

 まぁ、毎日バトルというのもせわしない。好きにしてくれたまえよ」


 私の生活は見世物じゃない、というような反骨精神がないわけではなかった。しかし、プートに私生活を見られる代わりに自他の命を守れるのであれば、我慢できない苦痛というわけでもなかった。トイレや風呂のときは「そういうの見たくない」と言って、どこかへ去っていくし。


「⋯⋯帰ったらブレイキングバッドでも見よっと」

 

 いつもの帰り道を歩き切り、やっとアパートが見えてきた。


 だけど、様子がおかしかった。周囲には人だかり。自室の窓の中が、異様なほど明るかった。


「え、なに?」


 様子を伺おうと、背伸びしてアパートを覗いた、その瞬間。


 ──建物が⋯⋯爆ぜた。


 自室付近の壁が勢いよく割れ、内側から真っ赤な炎が噴き出す。天井や壁面の瓦礫が近くに落下し、野次馬たちがどよめいた。


「嘘⋯⋯」


 思わず、鞄を地面に落とす。遠くからサイレンが響いてきた。


 梨里島唯、約三十三年間の人生において、初めての火災である。


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