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マジカル猫耳メイド戦士・ラブリー♡リリィ 1

 幽魔町 太平洋沿岸


 港には巨大で無機質な倉庫群があった。同じ外観の建物がいくつも並んでおり、夜になると圧迫感を感じさせる趣だ。


 その一角に⋯⋯倉庫と倉庫の間に、怯えている少女がいた。年齢は幼稚園児ほどに見える。その少女の眼前には、黒い塊が蠢いている。


「こわい⋯⋯」と細く呟き、身体を震わせる少女。腰は抜け、暗闇の中で一人きり。むしろ泣きださないのが不思議なくらいだった。むしろその瞳は、まっすぐに黒い塊を見据えている。


 彼女がどうして夜遅くに湾岸倉庫にいるのかはわからなかった。しかし幽霊に襲われている以上は、その戦士に「助ける」以外の選択肢など存在しえないのだ。


 倉庫の屋根から、影が飛ぶ。音を立てずに幽霊と少女の間に着地し、少女を庇うように立ちはだかった。


 少女は唖然としてその姿を見た。先ほどまでの怯えた表情が嘘のような、純粋な驚きの表情のようだった。


 その服はピンク色だった。月明りだけが照らす路地でもハッキリと分かるほどの鮮烈なピンクのドレス。白いエプロンがその上から装着されている。


 長い髪もピンク。頭にはカチューシャと⋯⋯猫の耳があった。少女はきっとそれが作り物だと思ったが、その耳はまるで本物のようにピクリと動いていた。


 右手にマジカルステッキ。青い瞳でまっすぐに幽霊を捉え、彼女は名乗りを上げる。


「マジカル猫耳メイド戦士・ラブリー♡リリィ、参上だニャン!!!」


 幽霊の動きが止まる。正面に現れた異様な存在を警戒しているのかもしれない。だが、ラブリー♡リリィに躊躇はない。


「マジカルアロー! だニャン!」


 叫び声と同時に、リリィの手元が光る。たちまち輝きは左手の上下に伸びていき、弧状の弓が出来上がった。右手のマジカルステッキは矢に変化。一筋の光が黒い霊体を正面から貫いた。


 一瞬の決着だった。幽霊は爆散。リリィは勝ち誇ったような表情で、爆風を背中に受け止めた。


「もう大丈夫だよ。立てる?」


 絹のような滑らかな手が差し伸べられる。少女は呆気にとられながらもその手を取り、ゆっくりと立ち上がった。


「うん⋯⋯ありがとう」


 目の前にいるのは、まるでアニメから飛び出してきたかのような猫耳ピンク髪の美少女。本来なら警戒するのが当たり前の相手に、少女はすっかり安心感を覚えていた。


「きみ、名前は?」


 語尾のニャンが消えているのが気がかりだったが、少女は素直に答えようと決断した。


「⋯⋯さくら」


「いい名前だね。さくらちゃん、おうちの人はどこにいるかわかる?」


「えっと⋯⋯たぶん、家で待ってるとおもう⋯⋯。

 わたし、迷子になっちゃって、それで⋯⋯」


 リリィは優しく、まるで手慣れた教師のように、少女の住所をなんとなく聞きだした。


「あんな怖いのに襲われて泣き出さないなんて、さくらちゃんは強い子だね」


 そう言いながら、リリィはさくらの身体に腕をまわし、優しく持ち上げた。


「家まで送るよ。しっかり掴まっててね」


 さくらは静かに頷き、純白のエプロンをぎゅっと握った。


「マジカルホップ⋯⋯だニャン」


 山羊のひづめのようなシンボルが、足元に浮かび上がる。


 弾丸のように、リリィは跳んだ。


 二人の影が月に重なる。さくらの眼前には、星空を思わせる夜景。田舎であるが故のまばらな光の粒子たちが、いまのさくらには逆に美しく思えた。


 風が肌を刺す。上空の空気は冷たいが、不思議と寒さは感じなかった。きっと、彼女の体温に包まれているからなのだろう。


 跳躍は一瞬にして終わりを迎えた。一軒家の玄関前に、華麗な着地を決める。さくらの目は輝いていた。


「ありがとう、リリィお姉ちゃん!」


「どういたしまして。

 ⋯⋯さ、家に入って。私のことは、ぜったい内緒だよ」


「内緒にしてたら⋯⋯また会える?」


「この町にいれば、いつかは会えるかもね」


「じゃあ、わたしずっとここに住むよ!」


 マジカル猫耳メイド戦士・ラブリー♡リリィは曖昧に笑った。




 電柱の上にあがり、さくらが家に入るのを見届け、彼女の今日の戦いは終わった。


 リリィは変身を解除し、そのまま徒歩で移動した。着いたのは一般的なアパート。扉を開けると、中はゴミ袋で溢れていた。


 ゴミをかき分けて進み、ベッドまでたどり着く。ため息をつきながら横になり、身体を伸ばした。既に午前一時。このまま寝てしまおうかと悩んだが、さすがにシャワーくらいは浴びることにした。


 移動中、ふと姿見が目に入った。


 映っていたのは、言うまでもないがラブリー♡リリィの変身前の姿。


 グレーのズボン。白いTシャツに、くすんだ色のカーディガン。髪はルーズサイドテールだ。


 あまり直視したくはないが、疲れ切った表情がどうしても目に入る。最近は肌の潤いが消えてきた。


 梨里島りりしまゆい。もうすぐ三十三歳。

 幽魔小学校六年一組の担任教師である。

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