図書室の魔女 4
背表紙には見慣れないマークのような装飾が施されれおり、なぜか亘にはその意味がわかった。それは例の、文字のほうから侵入してくる感覚と似ていた。
同じマークがある本棚に、ちょうどピッタリの隙間があったため、亘はそこに本を収めようとした。その前に少しは中身を見ようと、ふとページを開いた。
中身は白紙だった。横目で見た限りだと、挿絵が読んでいたときには文字がビッシリと詰め込まれていたはずだが。
違和感を覚えたものの、亘はそのまま本をしまった。
上を見る。本棚の上までは、備え付けのハシゴを使うことで移動できるようだった。しかし上る気にはなれなかった。なにせこんな得体のしれない異空間。ハシゴの安全性など信頼できない。
その後、亘はしばらく散歩をした。とはいっても、どこまで行っても同じ景色なのだから、すぐに飽きてしまったが。
辺りを一周し、もとの机まで戻った。挿絵は以前までと変わらない様子。亘は対角線上の席に着いた。
ここまでで、こちらの世界に来てから三十分は経過しただろう。現実では十分経過。この空間の便利さが身に沁みた。
昼休みが終わるまで、現実ではあと約三十分。こちらではあと九十分だ。亘はあまり時間割など気にしていなかったが、挿絵はおそらくそのくらいの時間で一度現実へ帰還するだろう。
そうなるとしばらく脱出のチャンスはなくなるから⋯⋯いまのうちに行動を起こすべきだと亘は判断した。
「きみの目的はなんだ?」
挿絵は無視した。
「きみは僕になにかしてほしくてこんなことをしたんだろ? その目的がわからなければ、僕にはなにもできない」
乾燥した指が力強く本を閉じる。
「⋯⋯ただの八つ当たりだよ」
「なんの?」
「変わってしまった男の子への」
「⋯⋯僕は生まれてこのかた変化してないよ。肉体的にはともかく、精神的には」
グレイヴが消えたことも、霊禍に出会ったことも、亘を成長こそさせたが変化させてはいない。
種から芽が出ることを変化とは呼ばない。つぼみが花開くことを転換とは呼称しない。すべては墓山亘という生命が持つ可能性の範疇に過ぎない。
「私から見て変わったんだから、それは変わったってことだよ」
──いまここに、昔のグレイヴがいたらなんと言うだろうか。
『なんだテメー勝手なこといいやがって! お前はただ遠巻きに亘のこと見てただけだろうが!』とでも言うかもしれない。
こんなことを考える事自体、かなり久しぶりだった。
「きみは自分のなかで空想した墓山亘を現実と混同しているだけだ」
「私の解釈が正しいに決まってるでしょ」
──解釈。
その言葉を聞いた途端に、亘の脳内の霧が一斉に晴れた。彼女の不可解で遠回しな言動の数々。人を監禁するような凶暴性。それらに対して抱いていた違和感の数々が、自分の頭にすっと入ってくるようなフィット感。
「きみは⋯⋯大きな間違いを犯している」
「間違い⋯⋯?」
「いや、間違いなんてものじゃない。
きみは解釈違いを起こしているだけなんだ」
「解釈違い? そんな言葉あるんだ。まぁそんなところかもね」
小口挿絵は読書オタクであるものの、俗世から離れて過ごしているためにそういった用語には疎いようだった。
「僕はきみの解釈に沿った行動をすればよかったんだ。この静かな空間をありがたがるとかね。今からでもそうすればいいのかもしれない。
だけど僕は墓山亘だ。
尊厳ある個人で、きみの操り人形じゃない」
「⋯⋯あっそ。好きにすれば。死ぬまで出してあげないから」
亘は毅然と立ち上がる。
「解釈といえば⋯⋯僕もさっきから解釈違いだったんだよ。
僕の中のきみは、いくら腹を立てていようと、人を監禁するようなひとじゃない。まして人殺しなんてするはずがない」
「それ、私と同じことを言ってるってわかってる? 亘くんも結局、解釈のなかの私を信じているだけじゃん」
「そうだね。だから僕も子どもらしく、きみと同じことをやり返そうと思う」
亘は机に腰掛けた。
「きみを治療する」




