図書室の魔女 3
「つまり、ここは私の理想の世界であり、他の持ち主にとっても理想の世界というわけだよ」
小口挿絵は説明を終えた。
周囲を見渡す。視界いっぱいに広がる本の数々。そのどれもが、見たことのない言語を背表紙に携えている。
亘と挿絵は向かい合って座っていた。木製の、クッション付きでシンプルな椅子。
二人の間には大きめのテーブルが設置されていた。やや埃を被った天板に、何冊もの本が平積みされている。
「三つ、質問がある」
「どうぞ」
「あの呪物⋯⋯赤い本が通行券となり、この空間に来られると言ったね。あれと同じものが世界中にあって、その持ち主たちもここに来られると。ほかの本からも、ここと全く同じ空間に来るという認識でいいか?」
「うん。だけどほかの机との距離が遠すぎるから、出会うことはまずないよ」
突如として移動させられた、薄暗い伽藍堂の異空間。ひんやりとした空気のほかには、本棚と椅子とテーブル、そして大量の本ばかりがあるような場所だ。
きっと、読書が大好きな人間が作った呪物だろう。
「次の質問。ここでは時間の流れはどうなってる?」
「正確に計ったことはないけど、おおむね現実の三分の一くらいかな。
制限時間とかはないから、好きなだけ居られるよ」
⋯⋯本当に、読書好きには都合のいい空間だ。そこらじゅうにある本は未知の言語であるものの、あの赤い本のように、内容は脳内に伝わってくるのだ。
「最後の質問⋯⋯僕を帰してもらえる?」
「拒否します」
挿絵は亘のことを見てすらいなかった。机に肘をつき、矢継ぎ早にページをめくっている。異常なまでのスピードだが、文字のほうから頭に入ってくるのだから、さほど不思議ではなかった。
──面倒すぎる。亘はため息をついた。
「僕はこんなところに興味はない。
ここに監禁されたところで、きみに対する負の感情が増すだけだ」
「⋯⋯喜ぶフリでもすれば、出してあげたのに」
「無理な話だよ」
「あっそ」
しばらくの沈黙。ページをめくる音だけが辺りに響く。亘は黙ったまま、その読書の様子を観察していた。
ものの十分ほどで、四百ページはありそうなハードカバーが読破された。
「早いね」
「そういう特殊な仕組みだから」
「⋯⋯それって、純粋な読書って言えるの?」
亘の額に、たった今読み終わった本が投擲される。突然のことだったため、回避どころか受け身もできずに椅子ごと後方へ倒れた。
「口ごたえしないで。亘くんはここから自由に出入りできないんだから⋯⋯私を怒らせないほうがいい。
じゃないと、ずっと閉じ込めて餓死させちゃうよ」
亘は黙っていた。だけど内心では、そこまで危機感は感じていなかった。
まず亘にはグレイヴとの融合という選択肢が残されている。融合完了時には空腹を含めたあらゆる身体の不調がリセットされるのだから⋯⋯飢えこそすれど死ぬことはない。
また、自分が融合体に変身して挿絵を脅せば、十中八九解放してもらえるだろう。なにせ、牙剥き出しの黒い巨人だ。こんな暗いところで出くわせば絶叫必至。というかそんな回りくどいことをしなくても、赤い本を強奪すればいい。よって、その気になればすぐにでも外に出られるが⋯⋯まぁ、最終手段だ。
「じゃあ、これは僕がもとに戻しておこうか」
亘の手には投げつけられたハードカバー。
「たまには気が利くんだね」
「こうでもしないと出してくれないでしょ」
書物を手に、広い広い空間を歩く。
軽やかな足音が遥か彼方まで響き、吸い込まれるように消えていく。床は無機質な石材。見上げるほど巨大な本棚が延々と連なる景色はまさに壮観だった。




