図書室の魔女 1
「ワタクシたちには、決定的に足りないものがありますわ!」
給食が終わり、教室掃除の時間。
奏は唐突に、掃除をしていた霊禍と亘に対してそんなことを言い始めた。
「なんだ? 訓練か?」と霊禍。
「ノンノンノン、ワタクシたちがいま最も必要としているもの⋯⋯。
それは『能力名』ですわ!」
「はぁ」と二人が気の抜けた返事をした。
「クールでビューティフルな能力名があれば⋯⋯きっと戦闘中にもアドレナリンが出て、より強くなれると思いますの!
というわけで、今日の昼休みは能力名を決めましょう! 図書室に集合ですわ!」
「いいから掃除しろよ」
奏はほうきの一本すら持っていなかった。
昼休みの図書室は静まり返っており、霊禍たち三人以外には、読書中の一人の女子児童がいるだけだった。
「にしたって⋯⋯なんで図書室なんかに来るんだよ」
「フフフ、能力名というのは、文学作品などのタイトルを借用すると一気にオシャレになりますから!
なんなら、そういう能力名を見どころにした漫画もありますし!」
どこのストレイドッグスだよと二人は思った。
「⋯⋯しかし、図書室なんて久しぶりだよ」
亘の声には感慨が籠もっていた。
「亘って読書するイメージないけどな」
「今はそうだけどね⋯⋯。昔は静かな場所にいないと気が狂いそうだったから」
奏はずっと幽魔小学校にいたから、沈黙の三年間の亘の異常さは何度も目の当たりにしていた。しかし霊禍は、その光景を実際に見たことはない。なにせ霊禍との出会いそのものが亘を大きく変えたのだから。
「まぁそれはともかく、いろいろ見ていきましょう!
まずは超名作の『かいけつゾロリ』とか⋯⋯」
「オマエは物体を切断するときにかいけつゾロリって叫ぶのかよ」
「⋯⋯いや、これはまぁ、純粋におもしろいのを手に取っただけですわ」
「小学校の図書室ラインナップは能力名には適さないものばっかりじゃないの? 児童書ってやわらかいタイトルのものが多いから、いくら名作でも、技を出すときに叫ぶ感じじゃないよ」
亘の言う通り、この図書室には児童向けの書籍ばかりがそろっていた。硬派な文学作品はほとんど置いておらず、かといって、かろうじて置いてある有名古典文学たちを能力名にすると、それこそ某ストレイドッグスみたいになってしまう。
「ん~~~なんでこうも微妙なものしか置いていないのかしら!」
「別に本のタイトルにこだわる必要はないんじゃないの?」と亘。
「でもそういう引用って知的でカッコいいじゃないですの!」
「知的さを求めるならそれこそ普通の本屋行こうぜ」
「幽魔町に本屋さんないじゃないですか! 唯一あったところも潰れちゃったし!」
⋯⋯と、言い合いになっていたところに、一人の少女が現れた。
「さっきからうるさいんだけど」
先ほどから椅子に座って本を読んでいた、たった一人の女子児童。彼女もまた、霊禍たちと同じ六年一組の仲間だった。
シンプルな一つ結いの髪に、大きな眼鏡。鋭い目つきで三人を睨んでいる。
──名は、小口挿絵。人呼んで、『図書室の魔女』。
図書室の全ての本を読み切ったという噂さえある、過剰なまでの読書好き少女だった。
「ご、ごめんなさい⋯⋯」奏は意外と素直に謝罪した。
「そもそもさ⋯⋯能力名ってなに? 漫画でも書くの?
あなたたちはそれ以前に、内容を考える知性と、人としての品性を磨いたほうがよさそうだけど」
「あぁ? なんだテメェ盗み聞きか? いい趣味してんな」
と霊禍が答えたが⋯⋯奏の病室での会話を含め、常時盗み聞きをしている霊禍がよりにもよってそれを言うのかよと奏は思っていた。
「周りが静かなのにあなたたちがうるさいから、勝手に聞こえてきただけ。
もう少し状況を考えたら? やっぱり想像力が足りていないよ」
「⋯⋯⋯⋯ッ!」
そもそも、霊禍たちがうるさかったのが百パーセント悪いのだから、これ以上言い返すことはできなかった。三人は居心地が悪くなって、図書室を出ようとした。
最後に部屋を出ようとした亘に、挿絵が近づいてきた。
「亘くん」
「⋯⋯なに?」
挿絵の目線は下がっていた。
「変わっちゃったね⋯⋯」
か細い声でそれだけ言い残して、少女は去っていった。
たしかに、亘は変わった。『沈黙の三年間』と比べれば、変わりすぎなくらいに変わってしまった。
しかし、なぜ挿絵にそんなことを言われなければならないのだろうか? 亘はその意図がわからず、不思議に思いながら図書室を後にした。




