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あの祠を壊したんか 3

 祠は壊れたが、特に何も起きなかった。俺たちは気まずくなってそのまま帰宅した。


 家に帰ると、父親が弟の生太しょうたを連れて、軽トラで帰宅していた。


 それからはまた手伝い地獄。畑から野菜を収穫して、洗って、一部は今すぐ食べるから一口大に切る。残りは保存用に漬ける。


 父親がスーパーで買ってきた米を炊いたり、手持ち無沙汰になったらホウキで掃除をしたりと、とにかくいろんなことをさせられる。いい加減、掃除機くらい買えばいいのに。


 そして、大して美味しくもないご飯を食べる。この間、俺はストレスしか感じないのだが、生太は常に笑顔のままだった。


「なぁ⋯⋯毎日こんな感じで、疲れないか?」


「ぜんぜん。むしろ楽しいよ。兄ちゃんこそ疲れすぎじゃない?」


「あぁもうクソ疲れたよ⋯⋯」


 狭苦しい寝室。隙間風が肌を撫で、俺を安眠から遠ざける。だけど薄暗い中でボンヤリと見える生太の顔は、むしろ笑っているように見えた。


「よく平気だよな。こんな寒くて」


 俺の言葉に生太は返事をしなかった。聞こえてくるのは寝息だけ。まったくコイツの健やかさには驚かされてばかりだが、そんな生太もいずれこの暮らしに飽きて、不満を覚え始めるだろう。だけどせめて、今のうちくらいは楽しく生活してほしいものだ。


 そして俺も瞼を閉じた。




 目が覚めると、柔らかいベッドの上だった。


 天井が近い。背中に柔らかい感触がある。俺は驚いて起き上がった。


 文明的な部屋。広く、清潔で、学習机や本棚のある、一般的な子ども部屋だった。近くにあった姿見で自分の身体を見てみると⋯⋯俺は苔谷矛良になっていた。


 本来なら、パニックになるべき状況。しかし入れ替わりへの戸惑いよりも、快適さへの感動が胸を満たした。隙間風が来ない寝室だなんて。まるで夢のようだ。


 外から声が響く。「矛良、起きてー」と女性の声。きっと母親だろう。俺はこの現実感のない状況を飲み込めずにいたが、ひとまず怪しまれないように、階段を降りていった。


 それからは慣れない生活の始まりだ。矛良の家には初めて入った(?)ので、洗面所やトイレの場所もわからないし、学校の準備も全然できない。幸いなことに、苔谷家は普段から朝五時に起きる習慣だったため、時間に余裕はあった。


 本当はすぐにでも矛良本人と連絡を取りたかった。きっと矛良は、俺の身体に宿っているんだろう。だけど俺自身が携帯電話を持っていないし、あの家には当然ながら固定電話もなく⋯⋯そのうえ親すらスマホ一つ持っていないのだから、まぁ確認などできないわけだ。


 そんなわけで、ひとまず俺は学校へ行くことにした。通学路は俺の普段の自動車登校とほとんど変わらないルートであるため、まぁ問題なく歩いて行けた。




 朝の教室。クラスのみんなに「よぉ矛良」と声をかけられ、やはり自分の肉体が矛良のものになっているのだと、嫌でも自覚させられた。


 トラブルを避けるためになるべく矛良を演じて過ごしていたが、他人になりすますというのはかなり難しいものだ。矛良と他人の先週までの会話など知らないから、話を合わせることすらできない。矛良が生き物係であることも知らなかったから、花壇への水やりもできなかった。誰とも話さなくても、動き方の一つ一つにボロがでる。


 そんな辛い朝を乗り越え、朝の会ギリギリに教室の扉が開いた。


 俺がいた。俺の姿をした苔谷矛良が、そこにいた。


「面倒なことになったね」と、矛良は淡々と言った。普段となんら変わらない、冷静な声で「きっと祠を壊した祟りだ」なんてことを言ってきたのだ。そんなこと、あるはずない。あるはずないけど、それ以外に考えられなかった。


 朝の会を終え、俺たちは今後の方針を話し始めた。


「ひとまず⋯⋯お互いの演技をして過ごさないか? これを治す方法なんてわからないし⋯⋯」


「まぁ、そうだね」


 意外にも、俺たち二人は冷静だった。非現実的すぎて逆に状況を俯瞰できているというか、まるで明晰夢でも見ているかのような心持ちだったのだ。


 しかし、そんな冷静さも次第に消えていく。


 体育の授業なんか、慣れない身体でまともに運動できるはずもなく、ボロボロの出来になってしまった。それ以外の授業では、俺はそんなに勉強できないのに、矛良はお構いなしで挙手しまくり正解しまくり。そのせいでみんなに違和感を与えてしまった。逆に俺は矛良の身体を借りながら何もできないので劣等感を覚えた。


 というかそれ以前に、身体が変わったというだけで体力消耗が尋常じゃない。ついに俺は、何もないところで転んでしまった。


 ⋯⋯そんな、ボロボロの一日が終わった。


 俺たちはそのまま、お互いの身体の家に帰っていった。軽トラで送迎される俺を客観的に見るのは、かなり気恥ずかしかった。


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