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あの祠を壊したんか 1+2



 大自然のなかで生きるなんて嫌だ。都会に行きたい。ネットを見たい。それが叶わないのならせめて、学校まで徒歩で行ける距離に住ませてほしかった。


 見渡す限りの森。ここ幽魔町の内陸部に位置するくにつかみさんの道路をしばらく上っていったところに、俺こともりしげるの家がある。


 森家⋯⋯というより俺の両親は熱狂的なまでの自然主義者というか自然愛好家であり、俺が三歳のころにこの家を建てたらしい。最低限の面積の木造一軒家。庭には本格的な家庭菜園があり、食事の半分以上はここで採れた野菜で補っている。


 電気はソーラーパネル付きの家庭用発電機で確保。水道はさすがに町の水道管を利用しているが⋯⋯父親がせっせと近くの川から繋がるパイプを設置中。時間の問題だろう。


 こんな仙人のような暮らしをする理由を両親に聞くと⋯⋯『世間のしがらみから逃れたくて』とか『自然の中で育つと自立心が芽生える』とか、そんな感じのことを言われる。


 ⋯⋯バカじゃねーの。


 やるなら自分たちだけでやればいい。俺と、弟の生太しょうたにまで手伝いを強要して、そのくせ得られるものなんてちっぽけな野菜だけ。完全自給自足とか名乗ってるけど、スーパーの肉とか使ってるしさ。


 そもそも自然と触れ合いながら自分で作ったご飯を食べたいなら、麓のほうで農家でもやればいい。わざわざ山に籠る必要性がない。不便なだけ。目的と手段を履き違えたバカ親。こんな本末転倒なクソ立地のせいで、学校に行くときは父親の軽トラに乗せてもらわないといけないし、家に帰ってから友達とオンラインゲームとかもできない。


 自分一人で遊びにいくこともできない。通販の配達範囲外だからコンビニ受け取りにしなきゃいけなくて、そのうえコンビニまでも車が必須の距離。要するに自分一人で買い物もできない。


 できない、できない、できない⋯⋯できないこと尽くしの最悪な生活だ。クソッ。




 だけどそんな俺にも、数少ない楽しみがあった。


 ──日曜の昼前。家のドアが叩かれる。


 玄関の前で待ち構えていた俺は、一瞬で扉を開き、その姿を確認した。


 虚ろな瞳で俺を見る、一人の少年。俺と同じ、幽魔小学校六年一組のクラスメイト。


 苔谷こけたに矛良ほこらがそこに立っていた。




 弁当を手に取り、俺と矛良は家の裏の坂を上っていった。木の根で覆いつくされた地面は決して歩きやすくはなかったが、土臭さをこらえながらどうにか足を運び続けた。


 対する矛良は、まるでダンスでも踊っているかのように軽快に進んでいく。俺のほうがこの場所には馴染んでいるのに、どうしてこんなに差が出るのだろうか? 俺は必死に矛良を追っていく。


 しばらく上っていったところに、ほんの少しだが平坦なスペースがあった。


 木の根もなく、相撲くらいならできそうな空間。無論目の前は坂なので、土俵を出るのは死を意味するだろうが⋯⋯まぁ、本当に相撲をするわけではないのだから、関係なかった。


 むき出しになっている岩の隙間から、矛良はブルーシートを引っ張り出した。持ち運ぶのも面倒だから、いつもここに仕舞っているのだ。


「今日は何をして遊ぼうか」


 シートを地面にひきながら、矛良は淡々とそう尋ねてきた。俺は「なんでもいい」と答え、それから靴を脱いでシートの上に腰掛けた。


「じゃあ、これで」


 矛良がポケットから取り出したのは、透明なケースに入ったカードの束。


「それ⋯⋯ふうが作ったやつ⋯⋯」


 封というのはクラスメイトの名前で⋯⋯彼女はボードゲームの作り手でもあった。


「そう。ダイス・キング。サイコロを使うゲームだから⋯⋯もちろんそれも持ってきたよ」


 幽魔小学校ではこのダイス・キングというカードゲームがちょっとしたブームになっていた。俺ももちろん遊んだことはあったが⋯⋯カードを貸してもらって数回試しにやっただけだった。


「これホントすごいよな⋯⋯金払いたいくらいだわ」


「アハハ、たしかにね。まぁ早速始めようか」


 木漏れ日の下、薄汚いブルーシートの上で、俺たちはしばらくカードのやり取りをした。





 矛良ほこらは俺の家と麓のちょうど中間あたりの家に住んでおり、そこは俺の家に比べれば一般的な家庭らしい。インフラはしっかり通っているし、周囲にも何件か家がある。コンビニまでも徒歩圏内。少し距離はあるが、他の友達の家にも遊びに行けなくはない距離だ。


 ⋯⋯だからこそ、俺は不思議で仕方がなかった。他にも選択肢はあるのに、どうして矛良は俺のところに来てくれるのだろうか。




「いやぁ、さすがに飽きてきたね」


 矛良はそう言ってカードをシートに置いた。


 門切かどきりふうによる自作カードゲーム『ダイス・キング』。いくら神ゲーといえども、矛良が持ってきた基本カードだけでは、さすがに手数に限界が来るというものだ。


 俺たちは弁当箱からおにぎりを取り出し、気の向くままに頬張り始めた。


 ⋯⋯そこで俺は、前々からの疑問をぶつけてみることにした。


「矛良ってさ、なんで毎週俺と遊んでくれるの?」


 矛良は不思議そうな目で俺を見た。


「なんでって、なんで? 迷惑だった?」


「いや嬉しいけどさ⋯⋯矛良の家だったらネットも通ってるし、麓までも近いから、俺と遊ぶ以外の選択肢なんていくらでもあるだろ? 他の友達と通話とかゲームとかできるし、店とかも行けるし⋯⋯」


 矛良はボンヤリと下の景色を眺めた。


「ぼくは⋯⋯自然が好きだから。

 体育とか全然好きじゃないけど、外で遊ぶのは好きなんだ。それに、大人数より二人のほうがいい。それだけだよ」


 外遊びが好きという割には、矛良はカードゲームなんてインドアな遊び方を提案してきたんだ。それがなんとなく可笑しかった。


「だったら、俺と矛良は、逆だったほうがよかったかもな」


 矛良は微妙な反応を示した。俺は少しマジに答えすぎたかもしれない。気まずくなって、急いで残りのおにぎりを食べきった。


「もうカードは飽きたし⋯⋯今日はもうちょっと上まで行ってみない?」


 そんな提案を受け、俺は迷いなくそれに乗った。


 岩肌の脇。土の多い辺りから慎重によじ登っていく。あの辺りよりも上に行くのは初めてのことだった。


 木々の密度は変わらないが、葉の臭いはこれまで以上に強くなっていた。大きな羽音もあちこちから聞こえてくる。虫には慣れっこだったが、それにしても音そのものは不快で仕方がない。


 そんな道中ではあったが⋯⋯どうにか必死に上っていき、たどり着いたのは先ほどよりもさらに狭いスペース。


 大木の根元。石でできた人工物。苔が生え、ほとんど壊れかかっていたボロボロの石材。


 ──(ほこら)、だった。


 異様なオーラが放たれている。ただその場にあるだけなのに、まるで威圧されているかのような圧迫感。


「へぇ〜こんなところに祠なんかあったんだね」


 矛良はそんなオーラなど感じていないようで、平然と近づき、様々な角度から様子を見ている。


「お、おい、あんまり近づくなよ⋯⋯」


「見て! 隣の石に何か書いてるよ!」


 隣の石⋯⋯というより岩なのだが、そこには確かに文字が刻まれていた。石碑のようなものだろうか。俺はその文字列を凝視した。


「⋯⋯なんか、森がどうとか書いてるね」と矛良。


「読めるの?」


「まぁ、ちょっとだけね」


 俺には、ミミズが這った跡にしか見えないような文字列だが⋯⋯矛良はなんというか底知れないやつだ。


「森を守る、とか⋯⋯緑多き大地が⋯⋯みたいな」


 疲れていたこともあってか、俺はその言葉を聞いた途端に、頭に血を上らせてしまった。


 森を守る、だと? ああそりゃ大切だろうよ。でも現代人が森で生きていけるかは別問題だ。いっそ全部、アスファルトの地面にでも塗り替えられてしまえばいい。それでもしつこく蘇ってくるだろうがな⋯⋯!


 なんだよ。あのクソッタレ家族から離れてこんなところまで上がってきたのに⋯⋯結局ここでもお説教を読ませられるのかよ!


 先ほどまでの禍々しいオーラは、既に微塵も感じられなくなっていた。俺はほとんど何も考えずに、祠に近づいた。


「⋯⋯茂くん?」


 単なる鬱憤晴らしのつもりだった。ほんの少し、石材をズラして不格好にしてやろうとか、それくらいの些細な反骨精神だった。


 ──しかし、あまりにも軽々しく⋯⋯今まで崩れなかったのが不思議なくらいに簡単に⋯⋯その祠は音を立てて壊れた。失敗したダルマ落としみたいに、バラバラに崩れてしまった。


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