お金持ちの友達の家 7
「奥に裏口があります! こちらへ!」
臨が奏の手を引いて先行する。後方には霊禍と亘。赤い女の投擲物を、霊禍の『綴命』やグレイヴの腕で防ぐ。
「なんでさっきから⋯⋯アイツは奏ばっかり狙ってるんだ?」と霊禍。
「関係者かもしれない⋯⋯。
奏! 自分を恨んで死んでいった人物に身に覚えはないか!?」
「知りませんわ! もうさっきから、なにがなんだか⋯⋯」
亘の質問への答えを考えることすら、今の奏にはままならなかった。そもそも耳を削られたこと自体が、小学生の女子には過酷すぎる痛みを生じさせている。そのうえ幽霊に追われているのだ。まともな神経ではいられない。
幸いなことに、赤い女のスピードは一般的な成人女性と同じくらいであるため、すぐに追いつかれるということにはならない。しかし、それも時間の問題だ。人間には体力の限界というものがあるが、赤い女はスピードを緩める素振りすら見せていない。
「あのドアが裏口です! 急いで!」
と、臨が叫んだそのとき。
床が。壁が。天井が。
赤い女の足元を起点に、あっという間に紅色に染まっていった。
それはあまりにも一瞬の出来事で、四人とも呆気にとられて立ちどまるしかなかった。
気が付くと四方は赤く染め上げられ、裏口のドアは一切見えなくなっていた。
「どけ!」と霊禍が飛び出す。裏口があった辺りの壁を、綴命を大きく振りかぶって切断しようと試みた。
しかし、刃は軽々しい音を立てて弾かれるだけだった。
「閉じ込められた⋯⋯。
霊禍、壁は本当にどうしても破れないか?」
「ムリだ、蒸発すらさせられない!」霊禍は何度も壁を叩いていた。
「ビームのチャージにはあと四分かかります!」と臨。
床や天井も含めて、赤い液体に覆われていた。
──まさに、赤い部屋。
不思議な感触だった。亘は訝しむ。間違いなく、自分たちを覆っているのは『液体』だ。実際のところ、床の液体は靴下にまで染み込んできていた。それなのにこれ以上ないほど硬く、霊禍の一撃すら防いでしまう。違和感を抱かずにはいられなかった。
赤い部屋の中にあるのは、廊下に元々置かれていた電話台くらいだ。さすがに、どうしようもない。
「か、な⋯⋯で⋯⋯⋯⋯か⋯⋯なで⋯⋯」
か細い声が響く。赤い女の声だ。
「な、なに⋯⋯なんなの⋯⋯? あなたは誰なの⋯⋯?」
「おい、で⋯⋯」
「どうしてワタクシを狙うの!?」
「こ⋯⋯っちに、オイデ⋯⋯!」
赤い女が一歩ずつ奏に近づいていく。
「あぁ、クソ!」
霊禍が赤い女に飛びかかり、両手で顔を掴む。
紫炎が顔を、そして全身を溶かし、蒸発させる。しかし、消滅すると同時に液体が膨れ上がるせいで、肉体の下半身の辺りはほとんど消えていない。
「これは時間稼ぎでしかない! 壁や床はなぜか熱で溶かせないし、密室だからすぐに一酸化炭素が充満するぞ!」
「奏、あの幽霊に、本当に心当たりはないのか!?」と亘が問う。
「だから、知りませんって!」
密室に無力感が充満する。これ以上はもう、どうしようもないかと思われたその時。
「⋯⋯分かるかもしれません」と臨が切り出した。
三人が臨の方を見た。
「あの幽霊はおそらく、お嬢様の母親です。
お嬢様が一歳の頃に死亡した、鎌鼬卅華⋯⋯。思えば背格好がどことなく似ているような気がします⋯⋯」
「え⋯⋯?」
奏は呼吸すら止まりそうな様子で目を見開いていた。




