FLY AWAY 3
亘は、その盾の後方で青い炎が立ち上るのを見た。
ジェット噴射。その言葉が脳裏に浮かぶ頃には、巨大な顔面が亘の眼前にまで迫ってきていた。まるで、大型トラックに正面から迫られているかのような感覚。亘はグレイヴに自分の腕を引っ張らせることで、どうにか横方向に回避した。
またしても甲高い音が響く。地面には黒い線。その奥に、盾を持った幽霊。
間違いない。この盾には、ジェットエンジンのようなものが搭載されている。それを用いた突進が、この幽霊の霊能力──もしくは特技なのだろう。
あの人面の盾を搔い潜り、本体を叩く。それ以外に勝機はない。
盾がまたこちらに向けられる前に、亘は駆け出した。グレイヴを前方に配置し、幽霊の胴体目掛けてパンチを繰り出させる。
幸い、幽霊の動き自体はゆったりとしていた。グレイヴの拳は確かに命中し、十分な威力を発揮した。
──しかし、幽霊は微動だにしなかった。
首無しの幽霊はケタケタと笑った。
「だからさぁ~言ってるじゃないか⋯⋯弱さは消えないとね」
亘はすぐさま距離を取った。通常形態のグレイヴの攻撃が効かないこと自体は、予想していないわけでもなかった。
「僕は弱いさ。盾がなければ、貧弱な雑魚幽霊でしかないよ⋯⋯。
でもさぁ、その守護霊は僕よりもさらにしょっぱいようだね。君は自分の弱さを分かっていないから、直接攻撃に出たのだろう? それは弱さを自覚しないというもう一つの弱さだよ」
盾が、またしてもこちらに向けられる。
「嬉しいね⋯⋯自分よりも弱いやつに出会えるなんてさ」
青白い炎の噴出。瞬く間に、盾が迫ってくる。亘はグレイヴの力を借りながらも、どうにか回避した。
それからは、ほとんど防戦一方だった。
幸いなことに、盾は突進の方向を途中で変えられないようだった。人面を模した盾の造形から角度を読み取りやすいこともあり、突進の軌道はたやすく予想できた。
グレイヴに身体を引っ張らせたり押させたり、マントで視界を遮ったりできたことも幸いし、どうにか七回ほど突進を回避したのだ。
しかし、亘の体力は限界に近づいていた。移動距離はさほど長くないが、命の危険が文字通り眼前に迫ること自体が、精神を疲弊させるのだ。
「息切れしてるじゃないか⋯⋯次の突進で限界じゃないかな?」
そんな絶望的なことを言われながらも、亘は思考を巡らせていた。確かにグレイヴはあいつよりも弱く、今は融合もできない。それがどうした? 自分の知識・経験・周囲の地形や建造物までもが、亘の武器になりうる。
亘は雑草の茂る空地にたどり着いていた。端には鉄柵が設置されており、その向こうは急傾斜の下り坂になっている。
「あーあ⋯⋯やっぱ弱いものイジメは楽しいよ⋯⋯。悪あがきする様が特にさぁ、ストレスを吹き飛ばしてくれる」
背後には柵。正面には幽霊。盾が構えられ、突進が始まる。
その瞬間、どこからともなく、軽快なピアノのメロディが流れ始めた。
午後六時、幽霊町の定期放送。子供は家に帰る時間だ。亘は意を決し、柵を乗り越えた。
坂の下には、線路があった。凄まじい轟音と共に、貨物列車が最高速度でやってくる。この放送が鳴るくらいのタイミングで、奇数日には貨物列車が走るのだ。
グレイヴの右手がコンテナの縁を掴み、左腕が亘の胴体を抱えた。
貨物列車は止まらない。亘はそれに張り付いているかのように、どんどん幽霊と距離を離していく。
「へぇ⋯⋯そんなことできるんだ⋯⋯」
幽霊は盾を構えなおす。今まで以上に盾が熱を帯び、煙を噴き出した。
初速から最高速で、人面の盾が列車を追う。その距離は少しずつ、それでいて着実に縮まっていた。




