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FLY AWAY 2

 わたるは、一人で家に帰る途中だった。


 亘の家は小学校から徒歩十五分くらいのところにある。家までの道はなんの変哲もない住宅街がほとんどで、強いて言えば小高い丘の上の、木の多い道を通ることくらいが特徴だった。


 だからこそ、亘は自分がこんな目に遭う可能性を無意識に否定していた。


 深緑の木々の真下。違和感を覚えた時には、既に無視するにも立ち去るにも近すぎる距離に、『それ』は立っていた。


 成人男性ほどの大きさの、巨大な顔。どこかの部族の仮面のような、人の顔を模した人工的な顔面だ。大きさとディテールのアンバランスさが、亘の脳に本能的な拒否感を植え付けた。


 幽霊だ。一見してアート作品のように思えるけれども、確かに幽霊だ。それも、五メートルくらいの距離に来るまで気づけなかったほどに、存在感がなかった。いや、こんな奇抜な顔に存在感がないはずがないのだが、その矛盾が亘の心に恐怖を植え付けた。


 一斉に全身の鳥肌が立ち、汗が噴き出る。その奇怪な顔面を視界に入れないように頭を固定したが、無駄だった。


 複雑な模様の入った瞳が、亘を睨む。亘は怪しまれないようにそのまま直進し、真横まで近づく。


 そのおぞましい肉体は微動だにしない。それでも──こいつが人を襲う前に、殺すしかない。


 亘の輪郭が二重にぼやけ、その片方が白くクッキリと浮かび上がる。


 幸い、一日一回の融合後でも、通常形態のグレイヴなら使役できる。顕現して即座に、グレイヴは幽霊の顔面に向けて、腕をムチのように振った。


 命中。しかし、カチンという音と共に、グレイヴの身体のほうが大きくのけぞった。亘は攻撃と同時に身をひるがえして距離を取っていた。しかしその最中の揺れる視界でもはっきりとわかるほどに、手ごたえがなかった。


 ケタケタケタケタ、と幽霊の喉から歯車のような音が響く。


「しょっぱいねぇ⋯⋯とてもしょっぱいよ⋯⋯」


 軽快なのに、どこかドス黒い声色。亘の身の毛がよだつ。


「知っているかい? 弱さというのは、人の魂に宿るんだ⋯⋯」


 幽霊の巨大な顔が、ゆっくりと持ち上がる。人工的なその面貌めんぼうの奥に、細い枝のような腕が繋がっていた。


 その顔面は盾だった。それも、本体をすっぽりと隠せる巨大な盾。その奥に、幽霊の本体がいた。


 身体は、あまりにも細かった。


 辛うじて人の形を保っているが、四肢も胴体もナナフシを思わせるほどの細さだ。そして、頭部は存在していない。斬首されたかのように、首から上にあるはずの頭部がないのだ。


「どんなに、身体を鍛えて、着飾って、偉くなってもね、魂に宿る弱さというのは一切変わらない。キミにもそれがわかるんじゃないかな? そんなしょっぱい守護霊を連れているんだからね」


 人語を解する──強力な幽霊だ。 亘は身構え、グレイヴを近くに寄せる。おそらくは、先ほどのとは異なり、一人の死者から生じた単独霊だ。それも、ここまで強い存在感を放つほどに育っている。


「非力な一撃だったよ⋯⋯。盾で防ぐ必要もなかったほどにね」


 本体に頭がないせいで、人面を模した盾のほうが話しているかのように亘は錯覚した。それほどまでに、ずっしりとした盾と華奢な肉体はアンバランスだった。


「⋯⋯何が目的だ?」


「目的か⋯⋯それらしいものはないんだよな⋯⋯」


 ゆったりとした口調から一転、気が付くと亘の眼前に、巨大な瞳が迫っていた。


 慌てて、身体を右に動かす。理性ある判断というよりは、衝動的な動きに近い。一瞬の間が空いたあと、耳をつんざく金属音が鳴り響いた。


 距離をとりながら、様子を観察する。二秒前まで亘がいた位置の地面に、ブレーキ痕のような黒い帯状の筋が走っていた。その終点のガードレールが、大きくひしゃげている。


 盾が、ガードレールに密着していた。幽霊もその位置まで移動している。盾のほうが突進し、本体はそれを握っていただけなのだろうと亘は推測した。


 幽霊が、亘に向けて盾を構えなおす。亘はランドセルをその場に落とした。


「強いて言えば、憂さ晴らしかな⋯⋯」


 人面の盾は、またしても亘に突進してきた。

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