プロローグ/沈黙の三年間 11
その巨大な炎は激しく動き、ある一つの形象を作り上げていた。
──不死鳥。事情を全く知らない亘でも、その言葉を思い浮かべてしまうほどの、圧倒的なオーラ。
「⋯⋯おでましか。千六百年ぶりだね」
今まで一切表情を変えなかったメフィストが、微笑みながら半歩後退する。
「テメー、わざと誘いやがったな? せっかくお姉ちゃんがグッスリだったのによ!」
不死鳥の根本。小さな少女は叫び、突進する。
右手には刀。その身体には不釣り合いな長さの直刀が、軽々しく持ち上げられている。まるで刀そのものが、霊禍を好んでいるかのように。
刃の先端がメフィストの脇腹を掠める。反重力フィールドすらも無視する一撃。
間髪入れずに、不死鳥の炎が襲い掛かる。メフィストは吹き飛ばされ、壁を突き破り隣室に着地する。母とは反対側の部屋へ。
「さすがは上位種。本体でなくともこれほどまでとは⋯⋯」
「なぁにワケわかんねーことブツブツ言ってんだ!」
亘には、その攻防を見守ることしかできなかった。
霊禍が近づき、刀を振るう。悪魔が避けた先には不死鳥。その連撃が繰り返される。メフィストから半径一メートルの範囲は丸ごと炎が被さっており、逃げ場を奪っている。
メフィストは黒いエネルギー弾を手のひらに生成し、霊禍にぶつける。霊禍はそれを正面から喰らう。
霊禍の腹部はぐちゃぐちゃになり、腸がダラダラと出る。しかしそれはすぐに衣服ごと治癒され、炎は勢いを増す。そして霊禍は刀を握りなおし、勢いよくメフィストに向かっていく。
皮膚を貫く熱と焦げた匂いが、これが現実の光景であることを告げていた。亘は困惑するしかなかった。
今まで、あまりにも完璧で、絶対に敵わないと思っていたメフィストに、自分と同い年の女子が、接戦を演じている。
それも、皮膚や内臓を飛び散らせながらの、狂気じみた戦い。
否、戦いとすら呼べない、突撃の連続──。
あのメフィストが、焦りを見せている。それまでの亘には、想像すらできない光景が、そこには広がっていた。
そして、その瞬間は訪れた。
不死鳥との連撃。霊禍の刀が、メフィストの胸部を貫いた。
「ハハァ⋯⋯さすがにかなり痛いな⋯⋯」
メフィストは直立したまま、奇怪な笑みを浮かべた。霊禍がメフィストの顔を下方から睨みつける。
「このまま不死鳥にお前を食い殺させることもできる。どうするよ? クソ野郎」
「うん、なるほど。僕の負けだ」
あっさりと、メフィストはそう答えた。
淡白な決着の末に残ったのは、焦がされ、壊され、ボロボロになった部屋。あんなにも霊禍の血が飛び散ったというのに、赤色はどこにも見当たらない。それほどまでに、不死鳥の治癒力は完璧なのだと思い知らされる。
亘はワケのわからないまま、二人の会話の様子を眺める。
「テメーは悪魔だな? 何が目的だ」
「不死鳥がついに動いたと聞いてね⋯⋯転校後のクラスメイトにちょっかいをかけて、そこ経由で接触してみたんだ」
「直接私のとこに来ればいいだろ」
「そしたら問答無用で殺されるだろう? 保険は必要だよ」
保険。それが自分なのか、と亘は遅れて理解した。
「つーか答えになってないんだよ。不死鳥に接触して、それでどうする」
「ハハ⋯⋯。そりゃ、昔の友人には会っておきたいだろう。やっとあの《《しみったれた村》》から出てきてくれたんだから。本人じゃなくてがっかりしたよ」
不死鳥のオーラが少しだけ揺らいだ。
「あっそ⋯⋯じゃ、あとは亘に霊能力を返してもらおうか」
「うーん⋯⋯そのことなんだけどね、僕が霊能力を返却すると、契約の取り消しという扱いになってしまうんだよね。つまり、亘クンのお母さんは最初から死んでいたことになる」
それを聞いて亘は焦りを感じた。
「待って! だったら⋯⋯契約は取り消さないほうが⋯⋯」
「別にボクは、どっちだって構わないんだよ。亘クンの決断待ちだ。拒否できる立場じゃないしね」
亘は、悩んだ。
この理解不能な状況で、どうにか思考を絞った。
いろいろ気になることはあるが、今の自分が決断すべきなのは、自分が死ぬか、母を死なせるかということだけだ。
だけど、仮に自分が生き延びても、そこに母はいない。おまけにグレイヴがいる。そんな世界を生きて、自分が幸せになるビジョンなど見えなかった。
ふと、背後から音がした。
見るとそこには、母が立っていた。




