プロローグ/沈黙の三年間 8
「あーいみんな座れー。知ってる人もいると思うけど、今日から新しい仲間が来てるぞー」
先生の野太い声が響く。教室中がざわめき、一瞬にして浮ついた雰囲気になった。
「はい静かにー。よし、じゃあ来てくれ」
手招きに応じて、その人影が姿を現した。
威風堂々とした立ち姿に、長い黒髪。前髪の奥には鋭い目。
転校生なんてものに一切の興味を示していなかった亘でさえも、思わず目で追ってしまうほどの存在感を放つその幼い影は、いつの間にか亘の隣の席に着いていた。
あまりにも一瞬の出来事だったが故に、亘は愕然とした。
自己紹介を──見逃した?
ありえない、と亘は思い返す。
戸が開かれてから今に至るまでの、ほんの数十秒。絶対に亘はその姿を視界に捉えていたはずだ。
まるで、授業中に無意識のうちに寝てしまっていた時のような、体感時間の飛躍。
汗が額に浮かぶ。
黒板には『幽ヶ崎霊禍』の文字。それが彼女の名前らしい。
隣を見る。窓際、一番うしろの席。日差しが霊禍の顔に影をつくり、より一層ミステリアスな様相を演出している。
そんな霊禍と、目が合った。
「⋯⋯なに見てんだよ、キモっ」
それが、実質的に亘が初めて聞く霊禍の声となった。亘は我に返り、今の自分の行動を振り返る。しかし、自分が何秒間霊禍を見ていたのかすら、正確にはわからなかった。
なぜだろうか、と亘は思案する。
──もしも今、グレイヴがいたら、なんと言うのだろうか。
「お? お? なに見惚れちゃってんのベイベ? ドゥワ ドゥワ♪」とか言うんだろうな
別に、自分は見惚れていたわけじゃ⋯⋯
いや、もしかするとそうなのかもしれない。
──自分は霊禍に、見惚れてしまっていたのかもしれない。
それからはクラス中大盛り上がりで、ほとんど全員が霊禍の周りに集まった。
霊禍は気難しそうに見えて意外と関わりやすいようだった。語気は強いが人当たりがよく、あっという間にクラスに馴染んでいた。
しかし亘は蚊帳の外。亘自身が望んでいることなのだから、特に文句はなかった。
「好きな食べ物ぉ? そんなんロールケーキ一択っしょ。あれより美味いもんは存在しねェーの!」
そう豪語する姿を見るたび、亘は得体のしれない既視感を覚えた。
昼休み。
亘がトイレから戻る途中、廊下の曲がり角の奥から声が聞こえた。
「私の隣の席のやつ、いつもあんな感じなの?」
亘は慌てて身を翻し、壁の裏に隠れた。こういう話に本人が遭遇するのはよくないと、亘は理解していた。それに幸い、この北側トイレ周辺は、校舎の中でも人気のない場所だった。
クラスメイトに囲まれるのに疲れ、ここまで避難してきたのだろう、と亘は推察した。
「亘くん? けっこう気難しいっていうか、口数は少ないよ。話す時は話すけど⋯⋯」
話し相手は、クラスの村上さんだった。転校生の女子が最初に仲良くなるなら、確かに彼女だろうと納得できる人だ。
「いや、そっちじゃなくて⋯⋯」
「え?」
「あいつって、いつもあんなに死にそうなの?」




