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プロローグ/沈黙の三年間 1+2



 二〇一五年 幽魔町 町立病院



 その子どもは産声を上げずに生まれてきた。


 出産に立ち会った全ての人間が、悲劇を確信した。


 しかし、その子は生きていた。


 呼吸器に異常を抱えながらも、医者の応急処置と本人の強かさで、激動の生後八十九秒を生き抜いた。


 死に極限まで近づきながらも、確かに生き延びた。




 その子は『わたる』と名付けられた。







 十年後 口裂け女との戦闘の二年前



 当然だが、墓山はかやまわたるに出生時の記憶はない。


 その時の思い出話を家族から何度も聞かされ、『亘は特別な子なんだよ』などと励まされたものだが、そんな大層な経験をした実感はなかった。


 ──それでも。


 自分は他人と違う、と嫌でも認識させられるきっかけがあった。




「今日の夕飯はファミレスだとよォーーー!!!!! ハンバーグでもドカ食いしちゃおーーーーーズ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 このやかましい守護霊・グレイヴの存在だ。




 夕日が車内を照らしていた。


 家族三人揃っての外食だというのに、後部座席の墓山亘は一言も発さない。目の前を浮遊するグレイヴに目を合わせないよう、顔を伏せている。


 亘の隣に座っている母親は「ビール一兆本飲んでやる」などとウキウキしながら宣言し、運転席の父親は「また吐くなよ」などと適当にあしらう。


 亘は何も言わない。


 グレイヴは「ピザ!!!!!!!ピザ!!!!!」などと叫ぶ。しかしその声は、亘以外には届かない。


 沈黙の三年間、などと大げさに呼ばれている期間の原因は、結局のところ、ただそれだけだった。


 自分以外の誰にも認識できない、騒がしい守護霊──誰にも相談できない恒常的な騒音トラブルで、話す気も失せるほどのストレスを感じてしまっているというだけだ。


 物心つく頃には近くにいた守護霊。その原因も、発生源も、亘には分からなかった。


「ピザピザピザ〜♪ 無限湧き〜〜♪」


「私が吐いたのって5年も前でしょー? わたしゃ成長してるっての!!」


「ピザまんってなんかちょっと下ネタみたいだよね!笑」


「昨日も吐いたでしょ。鶏肉の食い過ぎで」


「ステーキ・ピザ♪ (ステーキみやのリズムで)」


 グレイヴさえいなければ。


 グレイヴさえいなければ、普通の家族の会話だと思えた。それに混ざることもできた。


 とにかく、うるさい。


 亘が一言も発さないまま、車は目的地に着いてしまった。




 ファミレス店内は騒がしく、亘はまたしても不快になった。


 部活終わりの男子高校生の、声量が大きいだけのくだらない会話。女子大学生の、面倒な講義の愚痴。赤子の泣き声。食器の音。小汚い咀嚼音そしゃくおん


 きっと、そのどれもが、普通の人にとっては、何のストレスにもならない、平凡な音の数々なのだということを、亘は理解していた。


 自分は、グレイヴのせいで、音そのものに敏感になりすぎている。


「なぁ亘! なぁーに頼むんだよ? うどんか? もつ鍋か? 小学生がもつ鍋とはなかなかシブいね!」


 グレイヴの身勝手な問いかけ。亘はもつ鍋など食べたことがない。


「私はパスタとワインにしよーっと」


 母はそう言った。


「一週間後またここに来てください! 本物のもつ鍋を見せてあげますよ!!! なんちて、笑」


「俺はうどん食べよっかな。亘は決まったか?」


 父はそう言った。


「もつ鍋といえばチーズドッグ! もつ鍋といえばチーズドッグ!」


「僕は⋯⋯ミニ博多明太しらす丼」


 亘はそう言った。九時間ぶりの発声だった。


「もつ鍋じゃないのぉー? センスが無いわな! てか少食!」


 などといういつも通りの軽口を聞き流していた、その時。


 ──何の前触れもなく、ドシン、と音が響いた。


 亘は伏せていた顔を上げ、その光景を見た。


 母が、倒れている。


 口からは黄色い吐瀉物。身体が震え、呼吸が浅くなっている。


 父が慌ててそばに寄る。人が集まってくる。店員が救急車を呼んでいる。


 グレイヴが、黙っている。


 少し経って、サイレンが聞こえてきた。


 その間、亘には何もできなかった。


なろうだと、短すぎても投稿できないんすね。

カクヨムは短歌なども載せられる媒体なので、その違いでしょうか。

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