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お嫁サンタ  作者: celestial
9/10

日常回帰/01


 全ての事件は一本の電話から始まった。



 深い木々に覆われた山の中、人里離れたその地に悠然とそして荘厳に建つ屋敷が一つ。


 その広大な敷地を誇る純和風の平屋は果てしなく大きく、周りはグルリと背の高い併で囲まれていた。

 併の内側は几帳面に整えられた綺麗な庭園に、風流を感じさせる置き石、澄んだ池は、何とも言えぬ日本の美を遺憾なく感じさせた。


 そして、暗幕を引いたような夜空が白み始めたころ。

 東から昇る陽の光を浴びて、その広大な敷地を有する黒崎邸では朝を迎えていた。

 雀のさえずりが耳に心地よく、自然と脳の覚醒を促す。


「ふあぁ〜」


 気の抜けた声と共に伸び。眠たそうなまなこをぐしぐしとこすり欠伸をする男が一人。


 男の髪は艶やかな漆黒で瞳は黒曜石がごとく輝いている。

彼の名前は黒崎空雅。

 この屋敷の主にして、ごく普通の高校生である。




 さて、冬の朝は当然のことながら寒い。


 布団から出るのも億劫なくらいに寒く、まだ暖かさが残る布団からでるのは困難を極めるのだ。

 この季節に早々と布団と決別するということは、それすなわち死を意味する。数多の死線をくぐり抜けて来た猛者達ですら容易に突破することができない冬最大にして最強のトラップこそが、この『布団』と呼ばれるものであった。

 これから脱出を試みて散っていったものは数知れず。かの有名なスネーク氏もこいつに敗れたと聞く……。

 このトラップから抜け出すというのは、困難以上に不可能なように思えた。


 そう、いつもならば。


 しかし、今日の空雅はいつもとは一味違った。

 あの寝坊助大魔王たる空雅が自らの力だけで、起きたのである。もはや今日は雪が降るどころの騒ぎではない、まさに天動驚地。


 掛け声とともに起き上がった空雅は、なおも睡眠という名の堕落へと誘い続ける諸悪の権化たる『布団』を睨みつける。


 勝負は一瞬、一秒たりともすきは見せられなかった。


 空雅の部屋を厳粛な沈黙が包み込む。

 秒針を進める時計の音だけがやたら大きく聞こえた。


 そして暫しの沈黙の後、長針が天頂を挿した刹那……!


「うおぉぉっ!!」


 凄まじい気合いの籠もった掛け声とともに、空雅はソレを思いっきり天高く蹴り上げた。

 そして自身もそれにあわせて華麗に跳躍。

 その腕から繰り出される神速の技の数々。


 双方が綺麗に着地したときには、既に雌雄しゆうは決していた。


「ふ、他愛もない」


 ギザったらしく髪を掻き揚げ、空雅は決めゼリフを言い残す。


 空雅の目の前には一瞬のうちに綺麗にたとまれてしまった一式の布団。


 そう、空雅は冷酷無比にして残虐非道な冬の王に勝利したのだった。


 そして「よいしょ」と小さく声を挙げ、空雅が言うところの冬の王とやらを持ち上げ、押し入れという名の監獄に幽閉してやる。


「貴様が僕に勝とうなど一万年と二千年は早いわっ!!」


 とどめとばかりにビッと押し入れに指を突き立てながらバカなことを言い残した空雅は「うっはっはっは!」と高笑いをしながら部屋を出て行くのであった。


 何というか、朝はテンションが高い空雅なのである。





 居間に降りると見慣れた金髪碧眼の少女を発見する。

 どうやら、先にベルが起きていたようで「ぽけ〜」とソファに腰掛けていた。


「おはよう、ベルさん」


 先ほどのおかしなテンションはどこへやら、いつもの落ち着いた空雅はニコリと微笑みながらベルに挨拶をする。


「──…おはようございみゅす、空雅様」


 それに対してぺこりとお辞儀とともに返すベル。

 しかし、眠気からか上手く呂律ろれつが回っていない。


 そんなベルを見て、無類の可愛い物好きである空雅の可愛いものレーダーが昨晩に続いて再び反応した。


 今、ベルが身にまとっているものは圧倒的な威圧感と物々しさを持つ西洋甲冑ではなく、可愛いネコの顔がプリントされたシャツに短パンだった。

 どうやらこのシャツはベルにはブカブカだったらしく、膝までを覆い隠す丈の短いワンピースのようになっていた。

 端的に言えばサイズが合っていないのだ。


 と、いうのもこのシャツは空雅のものであった。

 昨晩、夜も更けて床につこうとした空雅は信じられないものを目にしていた。

 ベルが西洋甲冑に身を包んだまま眠ろうとしていたのである。

 慌てて眠りにつこうとするベルを制止させて、その奇行に及んだわけを訊ねると、


「──…これは寝るとき専用の鎧」


 とのことだった。

 しかし鎧を着て寝るというのもかなりどうかと思った空雅はベルにシャツを渡すとそれを着るようにと促したのである。


 そういった経緯を経て今こうしてベルは西洋甲冑ではない、比較的まともな格好……いや寧ろ可愛らしい寝間着を身にまとっているのだった。


(むぅ、これは凶悪なまでに可愛いな)


 などと水玉模様をあしらったパジャマを可愛らしく着こなした空雅が考える。


 もともとベルは恐ろしく可愛い部類に入る。

 腰まで垂らした綺麗な金髪に、透き通ったように澄んだ蒼い瞳。

 陶器がごとく白い肌はどこまでも白で、少し小柄なその体躯は思わず庇護欲をそそる。

 そして何の装飾を加えていないにも関わらず、これだけの破壊力をもつのでだ。それに加えて空雅コーディネートの可愛らしい格好をさせたとあらば、それはもうこの世のものとは思えないほどの愛らしさを醸し出していた。


「──…空雅様、朝ご飯どうしましょう?」


 そんな妖精と言っても何ら差し支えのない彼女がちょいちょいと指でつついて上目遣いで聞いてくる。


(朝ご飯ねぇ……)


 空雅が朝起きると一通のメールが届いていた。

 果たして、メールは黒崎家でかれこれ四年間は家政婦を続けている女性からのもので、内容は以下の通りであった。



To:若様


申し訳ございません、若様。


今朝は二日酔いの為に仕事に行けそうにありません。


夕方には我が命に替えても必ずしも馳せ参じますので、何卒よろしくお願いいたします。


本当に申し訳ございませんでした。


 -END-



 とのことである。


 有能にして万能な家政婦さんにしてはこれは珍しいことである。まさかあの人に限って二日酔いになるまで酒を飲むなんて、余程の理由があったのだろうと心配して訊ねたところ、


『昨夜は若様がくださった折角の休日でしたので友人と久しぶりに飲もうと思っていたのです。が、クリスマスは彼氏と過ごす、などと薄情な友人にことごとく断られた独り身の悲しい私はヤケになって一人酒をしていたのです』


 だそうだ。

 何と言うか、このメール一通分の中に二十代中盤女性のリアルな想いがギッシリと詰まっているような気がするが、ここはいつもの苦笑で受け流す。


 まあ、とにかくいつもよく働いてくれているので今朝の仕事の方は休みとしておくとして、家政婦さんがいないのでは朝ご飯は自分で作るしかないようであった。


「うん、ちょっと待っててね。今すぐ作って来るから」


「───(こくこく)」


 こうして黒崎家の朝は順調に過ぎていく。


 一本の電話が入るまでは……。





 さて、突然ではあるが黒崎空雅には悩みがあった。


 いや、悩みと言えば少し語弊があるかもしれない。適切にいうならば、そう心配ごとがあった。


 クリスマスが明けて翌日。空雅の通う高校では通常通りに授業があった。

 高校の方としては既に一週間辺り前から名目上と社会的体裁から一応冬休みということにはなってはいるが、連日のように『冬季講習』と銘打った授業があるのであった。


 昨日は流石に教師陣も「クリスマスぐらいは勘弁してやろう」思ったのか、冬季講習とやらは休みだったが今日から大晦日までは毎日学校があるのだ。


──いや、そこは空雅にとって差したる問題ではない。


 肝心な心配ごとというのはベルを一人残して学校に行くことであった。


 あの世間一般の常識から大きく逸脱したベルを家に残して行くのはいささか以上に不安である。

 さりとて、ベルを学校に連れて行くわけにもいかず、どうしたものかと眉根を寄せる。


「どうすっかなぁ……」


 最悪の場合は学校を休んでしまおうか、と考える。

 もしも自分の保護者替わりでもある家政婦さんにバレたら、物理的な意味でも半殺しになることは必須だがベルの為である。そのぐらいは構わないと思う。


 しかし、どうやらベルはそうは思わなかったらしく、


「──…ダメ。空雅様は学校に行くべき」


 ふるふると首を振りベルは言った。

 勿論、想い人である空雅が自分のことをそこまで心配していてくれたことは嬉しくは思う。

 だが、何も自分のせいで学校を休む必要はないと思ったのだ。


「……でも、ベルさん。お昼ご飯もちゃんと食べなきゃだよ?」


「───大丈夫、構成する」


 心配そうな空雅にぐっと親指を突き出して答えるベル。

 実のところを言うとまだ来て二日目の家に取り残されるのは堪らなく不安だったが、空雅に心配かけまいといつも通りに振る舞った。


 ……が。


 黒崎空雅という男は人の心の動きに敏感な目ざとい奴だった。

 一瞬にしてベルの強がりとも言えぬ強がりに気づく。


「やっぱり、今日は休むよ」


 一切、色恋沙汰では発揮されることのないであろう敏感さで、ベルの不安を見破った空雅は柔和な笑みを浮かべた。


「ベルさんを残しては……」


「──ダメ、学校に行くべき」


 しかし、空雅の言葉を途中で遮るとピシャリとベルは言い放った。

 自分のせいで、空雅に学校を休ますわけにはいかない。好きな人なら尚更である。


「でも……」


「──ダメ」


「心配だから……」


「──ダメ」


 暫く同じ押し問答を繰り返した。

 しかし、空雅にもベルにも一歩も引き下がるつもりはない。両人とも相手のことを思えばこその争いであったのだから。


 プルルルル


 そんな時、居間に電子音が響いた。電話だ。


(こんなに朝早くから誰だろう?)


 と思いながらも、一旦ベルとの会話を打ち切り電話に出る。


『やぁ、空雅くん! 元気してるかな!?』


 果たして受話器ごしに聞こえてきた声はバンのものであった。


「えと、朝早くから一体何の用でしょうか?」


『はっはっは、今日はちょっと空雅くんとベルちゃんにお知らせがあってね!』


 受話器越しからでも感じることができる明るい元気溌剌とした声に思わず苦笑する。


「と、言いますと?」


 空雅はくいくいとベルを手招きする。

 それにつられてトテトテと走って来たベルは、仲良く空雅と一緒に受話器に耳を当てバンの言うお知らせとやらを聞こうとする。


『      』


「「!?」」


 そしてバンの言葉を聞いた空雅とベルは驚きに目を見開く。

 その内容とは奇しくも、先ほどまでの空雅とベルのお互いのことを想い合ったがゆえの争いを解決させるものだった。


 ベルを一人残して不安にさせることもなく、空雅を休まさせることもない。


 それはまさに二つの問題を一挙に解決するものだった。

 そして、また新たな騒動を引き起こしそうな波乱の予感が漂う内容だったという。



『今日からベルちゃんは空雅くんの通う高校に転入して貰うことにしたから♪』



 こうして、黒崎空雅の受難な高校生活が幕を開けるのであった……。

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