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お嫁サンタ  作者: celestial
8/10

最初の晩餐/02


 神楽市を中央に縦断するように流れる成瀬川の東側は住宅街、西側は工業地帯と区分される。


 その東側、つまりは住宅街から少し離れた小さな山の中腹部には一軒の広大な敷地を誇る屋敷がどっしりと構えている。

 貫禄のあるこの屋敷は風流とはまた違う独特の雰囲気を放っていた。威厳でも厳格でもない。

 これを一言で言うのなら『異様』。なにが異様なのかは解らないが、とにかくこの人里離れた山奥にある屋敷は異様なものだった。


 黒崎邸。


 もしかすると、何らおかしな点が見当たらない屋敷が異様に見えるのは、住人たちが異様で異質な所為なのかもしれない……。



「……寒いね」


 さて、その異様な屋敷の主たる艶やかな漆黒の髪と黒曜石がごとく輝く黒い瞳を持つ少年は寒さに手をさすりながら、純和風の屋敷の一角で呟いた。

 その一角であるこの屋敷唯一の洋式の部屋、リビングでは脚の短い机を挟んで向かい合うようにソファーに腰掛けた男女が一組。


「ベルさんは寒くない?」


 男女の片割れでもある屋敷の主たる少年、黒崎 空雅は正面に座った西洋甲冑を身にまとった許嫁に訊ねる。


 この許嫁こと、ベル・ヴィルヘムは金属特有の鈍い光沢を放つ兜を、今にも首がとれそうな勢いでブンブンと激しく横に振って答えた。


「そっか、寒くないならいいんだけど」


 そんなベルを見て苦笑混じりに笑う空雅。

 何というか、仕草の一つ一つが微笑ましい。まるで幼い子供みたいである。


「そうだ、ベルさん。先にご飯を食べる? それとも先に部屋の方に荷物を運んでしまおっか?」


 チラリと横目で机の脇に置いている段ボールを一瞥しながら言う。

 これは今日から黒崎邸で暮らすことになったベルのために、その父親であるバンが用意したものだった。

 段ボールの数は全部で三つ、その他にはタンスが一竿だけ。女の子の荷物にしては随分と少ない僅かなものだった。

 このくらいの量ならせいぜい小一時間もあれば部屋が完成するだろう。


「どうする?」


「───……うにゃぁ」


 猫のような奇声を発しながらベルは考える。


 それから暫くの時が流れた。そしてベルがくだした結論はというと……、


「───……ご飯」


 とのことである。

 ベルの言葉にニッコリと頷くと、空雅は腕まくりをしながらソファから立ち上がる。そして白く細い腕で力こぶを見せる素振りをすると、空雅は優しげに頭を傾けた。


「今日はベルさんが来たんだから、張り切ってご馳走を作るね?」


 その空雅の柔和な笑みはベルの理性を崩壊させるには充分過ぎるものであった。

 あまりにも可愛い笑顔にベルはのたうち回る。


──……これはヤバい。


 次々とベルの脳内をとめどなく妄想達が駆け抜けていく。

 こうなったら他の何かで気を紛らわせて、今ある溢れ出しそうな煩悩と邪念を振り払う他ない。

 そう考えたベルはのたうち回りながら、何か気を紛らわせそうな物はないかと当たりをキョロキョロと見回す。

 何というか、実に器用な奴である。


「───………」


 机を挟んで向かい合うように配置された一組のソファ。薄型のテレビ。脚の短い机。

 それに、段ボール三箱にタンスが一竿。


 それ以外に何一つない、殺風景すぎる部屋。

 これでは何かに打ち込むことができない。気を紛らわせられるようなものなどないのだ。


「……ベルさん? どうかした?」


 突然のたうち回るベルに空雅は眉根を潜めて怪訝そうな面もちで訊ねた。

 しかし、この困ったような怪訝そうな顔もベルには堪らなく効いたようで、


「〜〜〜〜っ!?」


 声にならぬ叫びで発狂。


 恋する乙女はすべからく美しい、との格言があるが、恋する乙女というのは皆バカでもある。

 畢竟、ベルもそのバカな乙女の一人なわけで。


「……ベル、さん?」


 もう、しっちゃかめっちゃかでてんやわんやなベルはヤケクソとばかりに盆踊りを披露する。

 こうなったら破れかぶれ、どうにでもなれとばかりにテンポよく踊っていくのだった。


「は、ははっ。ベルさんは寒いのに元気だね」


 空雅は若干頬を引きつらせながら、乾いた笑いとともにありきたりな感想を添え合わせる。

 こんな時……、西洋甲冑が板張りの床でのたうち回った挙げ句に盆踊りを踊り始めた場合、どんな言葉をかければよいか空雅には解らなかった。

 だから無難な感じのありきたりな感想でお茶を濁すことにしたのだった。


(まぁ、何と言ってもあのバンさんの娘なんだから、このエキセントリックな行動もあり得るか)


 と、無理やりに自分を納得させた空雅はベルに向き直ると微苦笑のままに訊ねた。


「じゃあ、僕は晩御飯を作ってくるけど、何か食べたいものでもある?」


 せっかく今日はベルが黒崎邸にやって来たのだ。

 今ある食材のあり合わせでしか夕飯を作ることはできないが、どうせならできる限り豪勢な夕飯を作ろう、と空雅は決めていた。


「───……たべたいもの?」


 しかし、豪勢に作ろうにもベルの嗜好が解らないのでは、話にならない上に元も子もなかった。

 そういう意味合いで軽い気持ちで聞いたのだが……。


「───にゅう〜〜」


 盆踊りをピタリと止めたベルはロダンの考える人 よろしく頭に手を当て考え始める。

 まさか、ここまで本気で悩み始めるとは夢想だにしていなかった空雅は少々面食らう。

 空雅の周りには一癖も二癖もある女の子たちがそれなりにいるが、このベルという娘はその中でも一際手ごわかった。

 なぜなら次の行動が一切読めない、まさに予測不能なのだから。ベルの思考回路ならびに行動パターンが全く読めないのも当然のことわり。何もかもが普通ではない常識から逸脱した存在、サンタなのだから。


「───うぅ〜〜」


 さて、そんな空雅の常識を覆し三千世界の彼方までぶっ飛ばした少女に何か動きがあった。

 どうやら空雅に何を作って貰うか決めたらしい。

 はてさて、そのメニューやいかに……。


「───……空雅様にお任せいたします」


 思わず空雅はずっこける。

 結局、ベルが悩みに悩んだ末に選んだ選択は『丸投げ』、全ての判断を空雅に委ねるというものだった。

 これはベルが食べたいものが多すぎて決めかねたというのもあるが、他にももう一つ理由が。それは至極簡単で単純明解な理由、これなら精一杯もてなそうと空雅が自らの一番得意な料理を作ってくれそうだったからである。


「う〜ん、任せられてもなぁ……。よし、じゃあ僕が一番得意な料理でも作るね?」


 予想通り。

 空雅の問いにベルは頷く。もはや空雅の作る料理なら、雑草をそのまま茹でただけのものでも食べられるであろう自信がベルにはあった。


 本当に恋する乙女というのはバカなものである。





 何はともあれ、空雅が台所やキッチンと呼ぶにはあまりにも広すぎる厨房に消えてから暫く。

 どうやら、やっと夕飯の支度が整ったようであった。


「ベルさ〜ん、ご飯出来たよ〜」


 食卓からはベルを呼ぶ空雅の声が響く。

 それとともに食欲をそそる香辛料スパイス独特の香り。


(──これはっ!)


 食卓にたどり着いたベルが見たものは豪華絢爛な料理の数々……と、いうわけでもないごく普通のカレーとハンバーグであった。

 しかし、どういったわけかいつもにも増して美味しそうに見える。


(──……こ、これが愛という名のスパイス!?)


 などと考えるベルは相当アレな感じである。いや、これがベルにとっては初恋なのだから仕方ないと言えば仕方ないのだが。もはや『空雅病』と言っても何ら差し支えのないベルである。


「それじゃあ、どうぞ」


 リビングに置いてある机とは違い、食卓に置いてある机はやたらと脚の長いもの。それに合わせたのであろう椅子もかなり高かった。


「──……ありがとう」


 スッと空雅が引いてくれた椅子に腰を降ろすベル。


「うん。じゃあ食べよっか?」


「───(こくこく)」


 長机を挟んで空雅は行儀よく手を合わせる。それにつられてベルも手を合わせ、


「頂きます」


「──‥‥頂きます」


 ベルにとって黒崎家での最初の晩餐を迎えるのであった。





 さて、問題が一つ。


 それが何かと問われれば、当然ベルが身にまとう西洋甲冑にあった。

 いや、正しくはベルの顔を覆い隠す鉄仮面。


 当たり前だが、兜を付けたままでは夕飯を食べられないのだ。


 ベルはどうしたものかと考える。

 自分は極度の人見知りであり、恥ずかしがり屋である。人の前に顔を出すなど恥ずかしさの極み、それが想い人の前なら尚更。兜を外すのは些か以上に躊躇われるものがあった。


 しかし、折角の空雅が心を込めて作ってくれた料理を自分の羞恥心ごときのせいで食べられないとあっては末代までの恥。言語道断、貼り付け獄門の刑に匹敵する罪である。


 ……ならば仕方ない。


「うん、我ながら無駄に旨いね」


 目の前で美味しそうに「むぎゅむぎゅ」と米を頬張る空雅を見て、つい自然と頬が緩み顔が綻ぶ。


(──‥‥よし、決めた)


 それは少女にとって一世一代の大決心。

 ついに鎧と決別するときが来たのであった。


「!?」


 空雅の目が驚きで見開かれ、カチャンと手に持ったスプーンが落ちる。


 兜をとった瞬間に現れたのは眩いばかりの金。

 続いて現れたのは蒼く澄んだ瞳。そして、陶器のように白い肌にスッと通った鼻筋。


 天使、と形容したくなるその容貌はまさに神の造形美。

 『美人』と言うよりも『可愛い』と表現した方が適切な少女はゴトリと外したばかりの兜を床に置いた。


「───(もじもじ)」


 そして顔を朱に染めながら上目遣いに前を見る。

 極度の恥ずかしがり屋の上に初めて空雅に顔を見せるのである。

 そこは恋する乙女としては、やはり空雅の反応が気になるというものだった。

 もしも、空雅の好みの女の子じゃなかったら……。

 そう考えるだけでキュッと胸が締め付けられるように苦しくなる。


 しかし、そのようなことはただの杞憂に過ぎなかった。

 お忘れの方も多いだろうが、今一度言おう。彼は『無類の可愛いもの好き』なのである。


 天使がごときに愛くるしい形容のベルが、空雅の可愛いものレーダーに反応しない筈がなかった。


(ヤバい、凄くぎゅうってしたい……って、危ない危ない! いつものぬいぐるみ感覚で抱きついたら、僕変態さんだよ!?)


 空雅は激しく心の中で葛藤する。

 凄く抱きしめたいくらいに可愛い。しかし本当に抱きついちゃったら最後、即警察行き片道切符を手渡されることになるのだ。なんとしてでも、それは避けたい。


 そして長らくの間、葛藤を続けた空雅はついに煩悩に打ち勝った。


 しかし、そんな空雅の心の中などつゆ知らずベルは不安になっていた。

 自分が兜をとった瞬間、空雅は険しい顔でうなりだしたのである、これで不安にならないわけがなかった。


 でもそれはただのとりこし苦労に過ぎなかったらしい。

 しばらく唸っていた空雅は見えざる何かに打ち勝ったようで、いつもの優しい顔になると、


「ベルさん、ずっと仮面を付けてると折角の可愛い顔も台無しだよ?」


 と、微笑みながら言う。

 その言葉を聞いた瞬間にベルの中の不安な気持ちが霧散していく。

 空雅が可愛いと言ってくれたのだ、嬉しくない筈がなかった。


「さ、じゃあ冷めない内に食べよっか?」


「───(こくこく)」


 ベルは銀に輝くスプーンにカレーを乗せて、パクリと一口。


「!」


 衝撃が体を走り抜ける。


「美味しい?」


「───(こくこくこくこく)」


 いつも以上に頷くベル。

 それを暖かく見守る空雅。


 こうして黒崎家の夜は更けていく。


 彼の笑みはとても魅力的で、口に運んだカレーはとても美味しくて、庭園を一望できる露天風呂は気持ちよくて……。

 ここはとても居心地が良かった。


 そしていつしか二人は、これからの愉快で楽しい日々の予感に顔を合わせて笑いあっていた。

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