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お嫁サンタ  作者: celestial
7/10

最初の晩餐/01


「立ち話も何ですし、どうぞ上がっていってください」


 真冬の日は短い。

 夜の帳を落とし始めた空は暗く、ただただ黒い宵闇が包み込む。それは純然たる“夜”そのものであった。


 その暗い闇の中、闇と同化してしまいそうに黒い艶やかな漆黒の黒髪と黒曜石のごとく輝く瞳を持つ少年、黒崎 空雅が、ニコニコと笑っている金髪碧眼の男に言った。


「お茶ぐらいなら出しますよ?」


「や、少し用事があってきただけだから結構だよ」


 それに対し金髪碧眼の男、バン・ヴィルヘムはひらひらと片手を振りながら空雅の誘いに断りをいれる。


「今夜からベルちゃんはここに住むことになるからね。だから今日は家具一式を運びに来たというわけだよ」


 そう、バンが黒崎邸に訪れた理由はベルの家具を運ぶ為であった。まぁ正確に言うのであれば、運んだのではなく、その場で家具一式を構成したのだ。

 サンタたるバンにとって家具を構成することなど朝飯前、造作もないことである。


「というわけで、空雅くん。ベルちゃんの日用品は買いに行かなくても大丈夫だからね!」


 ぐっと親指を突き出してバンはこれでもか、とスマイル。白い歯が暗闇の中で煌めく。

 そして空雅はそんなバンを見ながらしみじみと思った。


 やはりバンとベルは親子なんだな、と。


 ぐっと親指を突き出すアレは今日1日で既に二度はやられている。

 一度目は鎧娘ことベルに、あと一度は言わずもがなその父親であるバンに。

 ベルは喋りこそしないが、その動きをじっと観察しているとなかなかにコミカルな動きをする。これは確実に父親譲りであろうと思う。


 となると、やはり顔も似ているのだろうか?


 などと考えるのは人間の真理なわけで……。


「………」


「───(もじもじ)」


 じぃっと見つめる空雅に、鉄甲を頬にあて恥ずかしそうに身をくねらすベル。

 バンが言うに曰わく、ベルはバンに似ているそうなのだが、それが本当なのだとしたらベルは相当に美形ということになる。


「………」


 まぁ鉄仮面で顔を隠しているので事実は闇に消えたまま知る由もないのだが。


「じゃあ、空雅くん。私はそろそろおいとまさせて貰うよ!」


 空雅はその声に反応し、顔を挙げる。

 見るとバンがしゅばっと別れの意を込めて片手を挙げていた。


 実のところを言うと、バンはまだ空雅と話たいことは山ほどあったのだが、ベルを見ていると気が変わったのだ。


(あの極度の人見知り兼極度の恥ずかしがり屋のベルちゃんがね〜……。流石は雅俊くんの息子と言ったところか……)


 ベルは昔から筋金入りの人見知りであった。

 そのせいか鉄仮面で顔を覆ってしまったり、度を超えた無口だったりする。社交的で人当たりの良いバンとは正反対であった。


それが、今ではというと……


「くしゅんっ!」


「───……風邪?」


 おそらく父親譲りの鈍感さを誇る空雅には気づき得ないことだろうが、確実に今朝と今とでは二人の距離は縮まっていた。


 まだ無口な気はするが、あのベルが自分から喋りかけているのだ。これは目覚ましい進歩である。


 心なしか空雅に身を預けるようにして立つベルを見ていると、ようやく巣立つことができそうな娘に対する喜びや嬉しさ、それとともに親離れしていく娘への何とも言えぬ物悲しさを感じる。


 でも……、どんどん自分から離れゆく娘への哀感はあるが、それでも親にとって娘が育つというのは寂しさ以上に喜びの方が大きいのだ。


「じゃ、私は帰るとしよう! うん、馬に蹴られて死にたくないしね」


 そこでベルに、パチリとウィンクを一つ。


「あでぃおすっ!!」


 びっとポーズを決めるとすたすたとバンは歩き始める。

 何と言うか、サンタのクセに移動手段が徒歩というのはどうなのだろうか……、とか思うところも多々あるがそれは些末な問題に過ぎなかった。


 そして途中まで背を向けて歩いていたバンなのだが、何かを思い出したかのように踵を返すと慌てて空雅のもとに駆けつけた。


「ふぅ、危うく忘れるところだったよ。はい、クリスマスプレゼント」


 空雅の首に柔らかいものが巻きつけられる。

 白いマフラーだ。


「うんうん、私ともあろうものがうっかりプレゼントを渡し損ねるところだったよ!」


 ニコリと笑うバンを見て、空雅の脳内で『慌てん坊のサンタクロース〜♪』などと言葉が浮かんでは消え、消えては浮かんだ。


「でもこのマフラー、少し……かなり長くないですか?」


 自分の首に巻きつけられたものは余りにも長すぎる。

 キリンの親戚サイズかと思うほどに長い。これなら二人で捲いても十二分に余りあるだろう。


「ん? いや、二人で捲いてもっていうか、それは二人用だけど?」


 実にいい笑顔で、しれっと言ってのけるバン。


「何でも、空雅くんの両親はマフラーが縁で結びついたらしいからね。それを空雅くんとベルちゃんにもと思ってね」


 バンは、どうだと言わんばかりに得意気に胸を張る。

 まぁバンの心遣いは素直に嬉しいし、実際にいいアイディアなのだろうが……、何というか超恥ずかしい。


 だいたいアレだ。

 今日知り合ったばかりの女の子と一緒にマフラーを巻くって、道徳的にも倫理的にもいけない気がするのだが。


「そうかい? まあ、でもいつか一緒に巻ける日が来たらいいね」


「そうですね、その日までこれは大事にとっておきます。プレゼント、わざわざ有難うございました」


 空雅は慇懃いんぎんな態度で深々とお辞儀をする。そのお辞儀はまるで英国の老紳士さながら、お辞儀一つとっただけでも空雅の高い教養は窺えた。

 バンはそんな立派に育った親友夫妻の忘れ形見に手を振って答えた。


「いや、お礼を言わなくちゃいけないのはこちらだよ。さっきはベルちゃんを助けてくれてありがとね」


 次はバンがぺこりと頭を下げる。

 バンのお辞儀はお世辞にも慇懃とは言えない子供っぽい稚拙なものだったが、その誠意は充分に伝わってくるものだった。


「さっき、というと……?」


「空雅くんたちがガラの悪そうな連中に絡まれてるときだよ。あのときベルちゃんを助けてくれたでしょ?」


 にへらと笑いながら答えるバン。

 どうでもいい余談ではあるが、この男、登場してからというもの常に笑い続けている気がする。


「……見てたんですか」


 空雅は白い溜め息と共に言葉を吐き出す。


 バンはあの場に居合わせた。なのに自分はバンの気配に気づくことができなかったのだ。

 空雅は「まだまだだな」と自嘲気味に呟き、笑う。


「や、そんなことはないよ。空雅くんの道術、なかなかだったよ?」


 驚く空雅にバンは優しく微笑む。


「まぁ、雅俊くんも道術を使っていたからね。私が知っていてもそんなに驚くことじゃないだろう?」


 なるほど、そういうことなら知っていてもおかしくないかもしれない。

 空雅は合点が言ったように、ゆっくりと頷いた。



───道術。


 もしくは、神仙術とも言われるこの術のルーツは遠く昔、中国にまで遡る。

 中国には古来より『儒教』『仏教』『道教』と三大宗教と呼ばれる学問が大成しており、道術とは三大宗教が一つ『道教』の考えに元ずくものである。


 仏教が主流の日本国では道教の信仰者は稀有な存在だが、中国ではそう珍しくもない。


 仏教の教えでは悟りを開いて六道輪廻から解脱し、涅槃に到達することを目的としている。身も心も浮き世から完全に離れ、三千世界の彼方へ到達することを最終目的としているのである。


 一方道教はと言うと、仏教と同じくこの浮き世から離れることを目的としている。

 しかしやや異なるのは、仏教では仏となり涅槃に到達することに重きをおいているが、道教というのは不老不死の仙人となり浮き世から離れて山奥で悠々自適に過ごすことに重きをおいている。


 そして、不老不死に到達するために生み出された術こそが、神仙術……つまりは道術なのだ。


「私も初めてあの術を見たときはたまげたね。ただの下等な人間だと思っていた男がまさか私をぶっ飛ばすなんて、俄には信じられなかったよ」


 懐かしそうに頬をさすりながら呟くバン。

 その言語的ニュアンスとバンの行動を鑑みるに、おそらく過去にバンは雅俊に殴り飛ばされた経歴があるのだろう。


 それを察した空雅はクスリと笑う。


「本当に父と仲が良かったんですね」


「あぁ、雅俊くんは私の生涯の友だよ」


 ニコリと満面の笑みで返す。

 そんなバンを見て空雅は羨ましく思った。

 胸を張って『友』と呼べる人間がいるということは凄く素敵なことだと思う。


「じゃあ、プレゼントも渡したことだし、今度こそ私は帰らさせてもらうね」


「ええ、お気をつけて」


 無邪気に手を振るバンに、苦笑混じりに手を振り返す空雅。

 一体どちらが子供か解らない殺伐とした眺めだったが、何とも微笑ましい光景でもあった。


 と、そこへトテトテとベルが小走りに駆けつける。

 今まで空気を読んで口を挟まなかったのか、生来の無口さゆえ口を挟まなかったのかは謎だが、ベルは厳つい鉄甲で掴んだ一切れの紙をバンに差し出した。


 見るとバンの顔が瞬く間に悲痛な表情へと変わりゆく。


「……何が書いてあったんです?」


 空雅が恐る恐る訊ねるとバンは痛々しい表情のまま、空雅にも見えるようにぴらりと紙を裏返す。


『母上にも宜しく言っといてください』


 そこには、綺麗な楷書でそう書かれていた。

 それを見て空雅は「はて?」と首を傾げる。


 何がそんなに悲しいのかさっぱり解らない。

 寧ろこれはベルが母親のことも気にかける優しい子に育って良かったと喜ぶところではないかと思うぐらいである。


 その旨を空雅が伝えると、バンは虚ろな目でふるふると首を振り否定した。


「……空雅くん。きみも親になれば解るさ」


 その言葉にいつもの覇気はない。

 確かにベルが優しい子に育ったこと自体は諸手を挙げて喜ぶべきことなのだが、違うのだ。


 紙切れを通して話かけられたことがバンには堪らなく悲しかったのだった。


(空雅くんとは話すのに、どうして私は紙伝手なんだ……。あぁ、なるほど。これが世に悪名高き『贔屓』というやつだね、ベルちゃん)


 そこまで考えて何とか今までこらえてきたものが枷を外したかのように溢れかえった。

 それは涙という名の水ではないもっと寂しい粒。比喩ではなく、まさに滝のように涙を流しながらバンは考える。


 今までベルちゃんは無口ゆえにあまり話してくれないのかと思ってたけど、それは単なる反抗期からくるものかもしれない、と。


(きっと心の中では「親父キメェwww」とか思ってるに違いないんだ……)


 そう考える男は既にいつものポジティブ全開なバンではない。寧ろネガティブ全開、一人後ろ向き大会である。


 そして空雅とベルはというと、かなり引いていた。

 いきなり大の男が大粒の涙を流し始めたのだ。普遍的な人間であれば、これは間違いなく引くところであろう。いや、普遍的とは言い難い空雅やベルでさえも引いているのである、これは相当であった。


「うわぁあぁあーーーっ!!!」


 遂に襲いくる何かに耐えられなくなったバンは発狂しながら全速力で夜の街を駆け出す。


 バンが走り去った後には暗い闇に残された空雅とベルがポカンと置いてけぼりをくらっていた。

 両人とも「何がなんだか」といったふうである。


「……さ、じゃあ早いとこ家に入ろうか。風邪をひいたら大変だからね」


 虚無感漂う闇の中で、先ほどのバンは見なかったことにして、さも何事もなかったように振る舞う空雅。


「───(こくこく)」


 月夜に金属を鈍く反射させながらガシャガシャと頷くベル。 どうやら彼女も先ほどの父の醜態は見なかったことにしたらしい。

 それは実に賢明で妥当な判断だった。


 そしてそんな二人を、満月と言うには余りにも不格好で綺麗な月が優しく包み込んでいたという。








「ベルちゃぁーーんっ!!!」


「うるさいっ!」


 その後、発狂して近所迷惑この上なかったバンはこってりと奥さんに絞られたというが、これはまた別の話。


今回の作中に出てきたマフラーは、明日投稿予定の短編にも出てきます。


よろしければ、そちらもどーぞ。


……と、宣伝してみる(笑)

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