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お嫁サンタ  作者: celestial
6/10

出逢い/05


 既に陽が暮れかけ、薄暗くなった路地裏には静寂が舞い降りていた。

 その厳粛な静寂の中では何人なんびとたりとも一切動くことを許さない。圧倒的な威圧感を放っていた。


 そんな静寂の中、唯一動ける人間がただ一人。


 その人間の名を黒崎 空雅という。

 艶やかな黒髪に黒曜石のごとく輝く瞳をもった少年は優しそうな顔立ちをしている。

 しかし、それはあくまでも顔立ちだけの話である。現在、空雅が手にしているものを見て、果たして何人が彼のことを『優しい』などと言い切れるのだろうか?


 否。そう言い切れる人間は、おそらく皆無。

 何故ならば空雅の手には物騒なことこの上ない大剣が握りしめられているからである。これを見て『優しい』と言える人間は間違いなく眼科に行くべきであろう。


「ベルさん、少し危ないから僕の後ろに隠れてて」


 空雅は背後でそびえ立つ西洋甲冑にむかって、そして許嫁にむかって声を掛ける。

 それに対しコクリと頷くベルを見て、空雅は満足そうにニコリと笑う。


「……じゃあ」


 再び周りを囲む不良達に向き直る。

 空雅の顔に浮かぶものは先ほどベルに向けていた笑顔とは違う種の、見るものを凍てつかせるような絶対零度の笑み。

 不良達に戦慄が走る。


「幕引きだ」


 空雅はすっと笑みを引っ込めるとスーツの懐からミミズがのたくったような朱色の文字で縁取られた一枚の札を取り出し、中空に放り投げた。

 ヒラヒラと舞うそれを片手に持った大剣で優しく撫でる。


「術式、風絶斬空波」


 札は真っ二つに切り裂かれる。


──刹那、切り裂かれた札の断面から風の刃が生み出された。


 風の刃は凄まじい勢いで空を切り裂くと、狭い路地を囲む建築物の壁を、路地裏に置かれたゴミ箱を、不良達が持った鉄パイプを容赦なく両断する。

 そして風の刃が辺りのものを全て薙いだ瞬間、突風が巻き起こる。


 突風により周りを囲む男達が弾き飛ばされ、路地を囲むようにそびえ立つ建物の壁に打ちつけられた。


「くっ、お前は一体……!」


 壁に打ちつけられた男達はここにきてようやく理解する。

 この戦いは分が悪過ぎる、と。

 気を既に失っている男達の中でまだ僅かに意識のあった男が空雅に問うた。

 その問いに対し、黒髪の少年はニヤリと偽悪的に微笑むと可愛らしく小首を傾げながら答える。


「友達にサンタがいるような父親の息子が、普通なわけないっしょ?」


 路地裏を囲む建築物には一筋の深く鋭い傷跡が残され、真っ二つになったゴミ箱は直後に風に巻き上げられてその中身を辺り一面に飛び散らしていた。そして、飛び散ったゴミの下でうずくまる男が数人。

 その光景はまさに地獄絵図、悲惨たるものだった。


 そしてその嵐が通り過ぎた後のような路地裏で空雅は最後の一仕事とばかりに「えいっ」と大剣を投擲する。


「お休みなさい」


 その声を最後に微かに息のあった男の意識は刈り取られる。

 クルクルと回転しながら投げつけられた大剣の柄が男の額に直撃したためであった。


「ベルさん、大丈夫だった?」


 最後の不良が倒れるのを見ると、空雅はくるりと振り返りベルの方へ向き直る。

 空雅は柔和な穏やかな表情でベルに優しい声で訊ねる。


「───(こくこく)」


 それに対してベルは強く頷き返す。相変わらずなベルの反応を見て空雅は苦笑混じりにクスリと笑うと地べたに置いていた買い物袋を拾い上げる。そして中の食材を素早くチェックすると、スタスタとベルに背を向けて歩き出す。


 そして少し距離をとるとくるりと空雅は振り返った。


「じゃあ、帰ろっか」


 沈みゆく太陽を背に背負った空雅の表情は、逆光のため一切解らない。


「“僕たち”の家に」


 だが、ベルには空雅が優しく微笑んでいたように見えたという。


「───ありがとう」


 そして、この鈴のように透き通った可愛らしい声が、空雅が初めて耳にしたベルの声だった。





 冬の夜は早い。


 西に沈みゆく夕陽を追うように東には月が昇り始め、空は太陽と月の二つを抱えて暗くなり始めていた。


 そして茜空とも夜空ともとれない空の下で空雅とベルは歩いていた。

 風は冷たく肌を切るように痛い。


「ベルさん、寒くない?」


「───(こくこく)」


 ガシャカシャと首を縦に振り、空雅にグッと立てた親指を突き出すベル。どうやら寒くないということらしい。

 よほどあの甲冑は断熱性に優れたものなのだろうか? 機会があれば借りてみよう。


「───(くいくい)」


 などと空雅が寒さに身を震わせながらぼんやりと考えていると、不意に引っ張られるような感覚。

 振り向くとベルがギュッと袖を掴んでいた。


「……えと、ベルさんどうしたの?」


 初めてのベルからのアクションに戸惑う空雅。

 今まで、と言ってもベルと出会ってからまだ1日と経っていないのだが、ベル自身から行動を起こすことは決してなかった。確かに、空雅が何かを行えばそれに対しアクションを起こしてはいたがそれはあくまで受動的な反応に過ぎない。

 自ら行動を起こすことはまずなかったのだ。


それがどういったわけか……


「───…寒い?」


 心配そうに見上げるベル。実際は鉄仮面をつけている為に表情は一切解らないのだが、少なくとも空雅には心配そうに見えた。


「ん、大丈夫だよ、ベルさん。心配してくれてありがとうね」


 空雅は優しくベルの頭を撫でる。


「───…ふみゅ〜」


 甲冑の上からではあるものの実に気持ちよさそうな声を出すベル。

 空雅はそんなベルを見てそっと顔をほころばせる。何というかネコみたいで可愛らしい。


 ……でも。


 ふと空雅は思う。


 どんな心境の変化があったのだろう? あの無口なベルが自分から話かけてくれるなんて。

 これは少しは心を開いてくれたということだろうか?

 だとしたら、相当に嬉しいのだが。


「ベルさん、もう暗くなったから早く帰ろっか?」


「───(こくこく)」


 そして二人は一路家に向けて歩を進めるのであった。





 心境の変化、というにはいささか大仰過ぎるかもしれない。

 しかし、少なからずベルの中で何かが変わったのは確かだった。


──その日、ベル・ヴィルヘムは初めての恋をした。


 昔から、それこそ生まれたときからベルという少女は両親から許婚の話を聞かされていた。


 だが、聞かされていたからと言ってその人のことを好きになるとは限らない。むしろ統計学的に見れば好きにならない可能性の方が高いだろう。

 だから、ベル・ヴィルヘムは16歳になった年のクリスマス、兼ねてから許婚と自分が初めて会うことになっていた日。

 その許婚がどういった人間なのか見極めるべく彼の家に押しかけたのだ。


 そして見極めようとした結果……、彼女は黒崎 空雅という少年に惚れてしまった。


 きっかけがあるとすれば、先ほどの不良に囲まれたとき。

 その時に見せた彼の凛々しい姿に惚れたのではない。極めつけは、その後に見せた優しくて可愛らしい笑顔に、完全にやられてしまったのだった。


『ベルさん、大丈夫だった?』


 彼の柔らかい声が何度となく頭の中をリフレインする。

 彼は、空雅は、いつも自分を気にかけてくれた。さっきだって寒くないかと気遣ってくれた。道を一緒に歩くときはさりげなく車道側を歩いてくれる。

 その優しさ全てが全くと言っていいほどに男性経験がないベルには刺激が強すぎた。あまりにも強烈すぎた。


 俗に言う『ベタ惚れ』というやつだった。


 隣を鼻歌混じりに歩く空雅をチラリと見る。


「ん? なに、ベルさん?」


 ベルの視線に目ざとく気がついた空雅はにっこりと破顔一笑。

 ベルは自らの顔がかあっと熱くなるのを感じる。


 しかし鉄仮面を付けている為、空雅にはその表情は解らない。

 ただベルはふるふると首を横に振って答えた。


「そっか、何でもないならいいんだけど。あ、家が見えてきた。ほら、あそこ」


 空雅が指差した方向には高い塀に囲まれた広大な土地を持つ純和風の屋敷が見える。相変わらずにデカい屋敷は厳格な雰囲気を放っていた。


 どんな悪いことをすればこんな家を持てるのか、と思わず考えてしまいそうな屋敷の巨大な門の下に一人の見慣れた人影が一つ。

 その見慣れた人影もこちらに気がついたようでゆるゆると手を挙げると嬉しそうに笑う。


「やぁ、ご両人。お帰りなさい」


 近づくにつれて徐々に人影の姿ははっきりと見えてくる。金髪碧眼の人影は空雅達を見ると人懐っこい笑みを浮かべる。

 それに相反して空雅は若干眉をひそめると訝しそうに呟いた。


「……何をしてるんですか、バンさん」


 そう、黒崎邸の玄関の下ではバンが待ち構えていたのだった……。

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