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お嫁サンタ  作者: celestial
5/10

出逢い/04


 冬は早朝がいい。


 その昔、どっかの平安貴族の付き人がこんなことを言っていたような気がする。


 確かに冬の早朝は静寂に包まれた澄んだ空気が何とも言えない趣を感じさせ、この閑散とした早朝の雰囲気はなかなかに心地よい。

 しかし、そう思う反面でこうも思う。

 何も冬は明け方だけではない、と。


 空は既に朱く染まり、暮れゆく夕陽はただひたすらに綺麗で優美だ。


「冬の夕暮れも捨てたものじゃないよね、ベルさん」


「───(こくこく)」


 沈みゆく夕陽に映し出だされた長い陰が二つ。

 その陰のうち一つの主たる、柔和で優しそうな顔立ちの若い男が隣を歩く少女に声をかける。


 この声をかけられた少女の名をベル・ヴィルヘムという。

 西洋甲冑を身にまとう少し……いや、かなり風変わりな格好をした少女はやはり普通のそれとは大きく異なっていた。何もかもが普通ではないのだ。


「まさか、クリスマスに本物のサンタに会えるなんて思いもしなかったよ」


 艶やかな漆黒の黒髪と黒曜石のように黒く輝く瞳を持った、優しそうな顔立ちの男──黒崎空雅は苦笑まじりに呟いた。


 そう、空雅の呟きの通りこの西洋甲冑娘の正体は人間ではない。

 人間を遥かに超越した存在、サンタクロースなのである。


 未だにサンタが自分のすぐ隣を歩いている、という事実を俄かに信じることはできないが、これはまぎれもない事実。

 空雅は先ほど喫茶店にて、この西洋甲冑の父たる 男に不思議な力を見せつけられた。

 目の前で実際に見せられた超常現象を目撃したのだ、もはや空雅にとってサンタの存在は疑いようのないものであった。


 そして、疑いようのないものついでにもう一つ。


「今日から僕はベルさんと暮らすんだよね……?」


「───(こくこく)」


 空雅の呟きにガシャガシャと金属音を奏でながら頷くベル。


 そう、空雅とベルが同棲することはもはや決定事項なのであった。



 †



 暖房の効いた店内は温かった。

 目の前には金髪碧眼の男に、隣には西洋甲冑。


 それは今から遡ること数十分前、喫茶店にいたころである。


「本当にベルちゃんと暮らす気はないかい?」


 金髪碧眼の男、バン・ヴィルヘムがにこやかに問いかける。

 ……が、空雅としてはなかなかに困る質問であった。

 いや、一般的な思考回路を持つ人間なら困って当然だろう。いきなり今日知り合ったばかりの人間と……ましてや、女の子と暮らせというのである。

 もはや空雅が困るのは道理と言えた。


「僕は今日初めてベルさんに会ったばかりです、ベルさんのことを何も知りません。ですから……」


「はっはっは、大丈夫だよ、空雅くん。何も知らないなら、これから知っていけばいい。一緒に暮らしていれば嫌でも解ってくるさ」


 バンに断りを入れようとした空雅は口を紡ぐ。

 確かにバンの言うことにも一理ある。一緒に暮らさないことには解らないこともあるだろう。

 少し語弊はあるかも知れないが、要は食わず嫌いと同じ理屈だ。食べてみないことには、それが本当に美味しいかどうかなんて解りゃしない。


「空雅くんがどうしてもベルちゃんと暮らすのが嫌だって言うんなら、私としては無理強いはするつもりはないんだが……どうだろう?」


 それは意図して言ったものではなく、おそらくは無意識のうちに出たセリフなのだろうが、空雅はこういった物言いに滅法弱かった。

 一方的な高圧的な物言いなら反論の一つや二つは容易であっただろうが、自分の立場や意見を尊重しつつ話をされたら、人の良い空雅にはそれを無下に断ることはできない。


「もし何か困ったことがあったら私が出来るだけ力になるからさ」


 これがまさに止めの一撃。


「……解りました。取り敢えず一緒に暮らしてみます」


 結果、空雅はベルとの同棲を引き受けたのだった。




そして、今に至るわけであるが……。


 喫茶店でバンと別れて暫く。外は俄かに薄暗くなり始め、今日からともに暮らすことになったベルと帰路についていた空雅なのだが……。


──絶賛、不良に絡まれ中であった。


 現在地は狭く薄暗い路地裏。

 周りにはだらしなく服を着崩した見るからにアレな感じの男が5、6人。


 これを絡まれていると言わずなんと言おう。


 ベルと共に男数人にぐるりと周りを囲まれている空雅はぼんやりと考える。

 その空雅の両手には食材で膨れ上がったビニール袋。これは本来の外出の目的である食料の調達、をした際にできた袋であった。


 今日はベルさんが来たことだし、久しぶりに美味しいご飯でも作ろうと思ってたんだけど……。


 空雅は再び周りを見渡す。

 やはり、すんなりと帰してくれそうにない。中には今時有り得ない感じの鉄パイプやら木刀を持った古風な感じの人たちもいるようだ。


「何でこんなことになってるんだろうね……?」


 空雅は誰に言うでもなく何もない虚空に問いかける。

 これはもはや、一種の現実逃避の類。空雅には全く絡まれるようなゆわれはないのだ。


 もっとも、絡まれている理由は解ってはいるのだが……。


「何なんだ、この鎧は? おい、なんか喋れよ」


「この鎧、売ったらどんくらいすんだ?」


 と、いうわけで。


 明らかに絡まれるに至った原因は謎の鎧娘こと、ベルであった。

 正確にはその独創的かつ奇抜すぎるベルの身なりが原因。

 そして、どのみち空雅は明らかに巻き込まれているだけであった。


 しかし、まぁこの男達が絡んでくる要素としては充分すぎるものだろう。

 普通の人間ならば怪しい西洋甲冑が街を歩いているても大抵は、……いや、寧ろ絶対にちょっかいは出さないと思う。そして、それは妥当な判断なのだ。

 ただ、この世にはその妥当な判断すらも出来ない馬鹿、すなわち不良というものが存在するわけで。


「これ本物の鉄か?」


「ははっ、んなもんコイツで叩いてみりゃ一発で解るさ」


 バンのような天然の金髪ではなく、下品に頭を金で染め上げた男の問いに対し、木刀を持った男が答える。

 何やら話の内容的にかなりヤバい。たらりと空雅の頬を一筋、冷や汗が流れ落ちる。


 直後、空雅の悪い予感は、見事に的中することになった。

 ベル目掛けて大上段に木刀を振り上げる男。


「逃げて、ベルさん!!」


 空雅の叫びも虚しく木刀は力任せに振り下ろされる。


「……?」


 しかし、その木刀がベルを打つことはなかった。

 カランカランと音を立てて、真っ二つになった木刀が地面に落ちる。


 空雅も周りの男達も見くびっていたのだ、サンタの能力を。


──サンタたる彼女の力を。


 彼女の手にはその身に不釣り合いな大きさの大剣。沈みゆく夕陽を浴び禍々しく煌めく両刃の剣を持つ西洋甲冑はまさしく騎士ナイト


 ガチャリと音を立て大剣を構え直す。


「なっ、なんだ!?」


 不良達は切り落とされた元は木刀であったものと、突然出現した巨大な剣。そして、その剣を携える甲冑に目を見開き、一歩後ずさる。

 目の前のこの異質なモノは次元が違った。


「サンタの能力は恐ろしく便利だね〜……」


 もはや完全に蚊帳の外な空雅は少し離れた場所でポソリと呟いた。


 あらゆる物質を構成する能力を持つ者、それがサンタ。


 なにも顕現化できるものはコーヒーに限った話ではない。必要とあらば武具さえも作り出せるのだ。


「何があってもベルさんは怒らせないようにしよう……」


 出会って1日で自分と許嫁である彼女との力関係を迅速に正しく理解した空雅は、今日からは慎ましく生きることを決意する。

 それは実に懸命な判断であった。


 ガシャーン


 激しい音。

 その突然の物音に釣られて音源の方を見ると、路地の脇に置かれているゴミ箱に頭から突っ込んだ西洋甲冑の姿が目に映った。


「………」


 何ともシュールな光景である。

 言葉が出ないとはまさにこのことであった。


 それは不良達も同じだったようで、空雅とともに呆然と西洋甲冑を見続ける。


「───……」


 のろりと甲冑が起き上がる。頭の上に乗ったゴミを厳つい鉄甲で払いのけると気を取り直したように再び不良達に剣を向ける。

 そして男達目掛けて走っていくと刺突。続いて剣を横になぐ。


「………」


 しかし、全くと言っていいほどベルの攻撃は当たることはなかった。


 当然と言えば当然である。いくら武具が出せようと、いくら奇抜な格好をしようと中身はただの少女なのだ、あんな大剣を操れる筈もない。


 畢竟、『剣を振り回す少女』改め『剣に振り回される少女』は自分の身の丈よりも遥かにデカい剣に体を持っていかれるあり様となっていた。


「何だアリャ……?」


 馬鹿な不良どもと言えどそろそろベルの大仰な見かけ倒しにも気づいてくるわけで、


「あーぁ、ビビって損したじゃねぇか」


「よくも木刀折ってくれたな、ゴルァ」


 一歩後ずさっていた不良達が再びベルの周りを囲む。

 しかし、その輪の中に空雅の姿はない。


「……僕、忘れられてる?」


 もはや空雅は不良達の目には映ってはいなかった。不良達の目には自分達を散々に驚かしてくれた西洋甲冑の姿しか映っていない。

 完全な置いてけぼりである。


「もう、帰ろっかな……」


 不良達がベルに詰め寄る。


「……僕、完全に忘れられてるしさ」


 不良達が一斉に拳を振り上げる。


「今日初めて会った人に付き合ってボコボコにされる理由もないし……」


 そして不良達の拳がベルに向けて放たれる


──ことはなかった。


「がはっ!!」


 周りを囲んでいた不良達が悶絶の声を上げ弾け飛んだ。


「何だ、てめぇ!?」


 苦痛に顔をしかませながら、弾け飛んだ内の一人が自分を吹き飛ばした元凶たる男に問いかけた。


 その男はベルの前に立ちふさがるように立つと振り上げた脚をゆっくりと地につける。


「僕も甲冑の中が女の子じゃなきゃとっくに帰ってるよ……」


 艶やかな漆黒の黒髪に黒曜石のような輝く瞳を持つ少年、空雅はにっこりと柔和に笑う。


「それに彼女は僕の許嫁らしいからね、傷つけるわけにはいかないよ」


 ゴキリと首を回して両手に持った買い物袋をそっと地面に下ろす。

 そして、すっと半歩前に出ると凛とした声で言い放つ。


「こいよ、悪党。返り討ちにしてやるよ」


 それは完全な挑発。ニヤリと空雅は不敵に口の端を吊り上げる。

 そして見事に不良達はそのあからさまな挑発に食いついた。

 次は空雅も取り込んでグルリと円を作る。


「てめぇ、なめんなよゴラァ!!」


 一人の男が右ストレートを放つ。しかし、その振り上げられた拳は虚しく宙を切り裂く。

 空雅は身を捻り肉薄する拳をかわすと、相手の顔面にハイキックを叩き込む。


「まずは一人、と」


 パンパンと埃を払うように手を叩くと、周りを見渡す。不良達の人数は数にしてあと五人。一人ずつ相手にするのは正直しんどい。


「僕は早く帰って夕飯の支度をしたいから、悪いけど本気でいくね?」


 仲間である男の一人がいとも簡単に叩きのめされて怯える不良達に、空雅は笑顔で死刑宣告を言い渡す。

 既にこの空間は空雅の支配下であった。


「ベルさん、ちょっとその剣貸してくれる?」


 ベルの方へ振り向きにこりと笑う空雅。ベルは彼の要求通りに例のごとく無言でコクリと頷くと先ほど顕現化したバカデカい大剣を手渡した。


「……うっ、ホントに重いね。コレは」


 大剣を手にした空雅は予想外の重さに僅かに顔をしかめる。

 もう少し、軽いヤツとか出せなかったんだろうか?

 そんな素朴な疑問が浮かび上がったが、それは後で訊けばいいだろう。


 それよりも今は……。


 空雅はキッと目の前の敵を見据える。

 そして見るもの全てを震え上がらせる冷笑。


「さぁ、そろそろ下らない茶番も終わりにしようか」


 コツリと靴音を立て一歩前に出る。


 右手に煌めく大剣を持った少年は冷たい笑みをすっと引っ込めると、スーツの胸ポケットから一枚の御札おふだを取り出した。


長方形をかたどった札は空雅の指に挟まれて、漆黒に禍々しい淡い光を放ち出す。


「幕引きだ」


 ヒラリと漆黒の光を放つ札は宙を舞った。

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