出逢い/03
ガラス張りの窓越しに見える景色は、まさしく“冬”のそれ。
地球温暖化の所為か今年の冬は暖かく、いわゆる暖冬と呼ばれるものであった。
しかし、それは例年の冬の寒さと比べると、という安易な比較だけの話に過ぎない。
どう比較したところで“冬は寒い”という不変にして不動の既定事項を覆せる筈もなく、やはりコタツと合体していたいなとか思う今日この頃。
そんな寒々しい季節の中、ぬくぬくと暖房の効いた店内で暖かいコーヒーを啜る男が一人。
彼の名をバン・ヴィルヘムという。
「少しは落ち着いたかな? 空雅くん」
一通りコーヒーの香りを楽しんだバンは、カップをカチャリとコースターに戻すと、澄んだ蒼い瞳で目の前に座る少年に訊ねる。
「ええ、落ち着くには落ち着きましたが……。だからと言って、話の内容が理解できたわけではありません」
バンの向かい側に座る黒髪の少年、黒崎 空雅は神妙な面持ちで答える。
無論、空雅が言った「あの話」とは、空雅の隣の席にドシリと腰をおろす謎の西洋甲冑の件であった。
空雅にとって衝撃のカミングアウトがなされたのは、ほんの数分前のこと。目の前に悠然と座る男が紡いだ言葉には、相当な破壊力が込められていた。
『ベルちゃんは空雅くんの許嫁だからね』
頭の中でグルグルとこのワンフレーズが漂う。
これは良くも悪くも普遍的な高校生である空雅を困惑させるには充分過ぎる程の威力を持っていた。
一般論なら、実は許嫁がいた、というだけでも驚愕に値するというものである。
ましてや、その相手が鈍重な光沢を放つ全身くまなく厚い鎧で被われた西洋甲冑なら、空雅が言葉をなくすのももはや当然の理のように思えた。
「えと、ツッコミたいことは山の如くありますが、どこからツッコめばいいのやら……」
「はっはっは、そんな空雅くんのために『お義父さん』が分かり易く説明してあげよう!」
『お義父さん』のくだりは華麗なスルーを決めこむ。これ以上ツッコミどころを増やさないで欲しい、そう切実に思う。
軽くげんなりした様子の空雅は静かに溜め息を、実に愉快そうなバンはにこやかな笑みを。向かい合う二人のテンションは見事に噛み合っていなかった。
「じゃあ、説明するから取り敢えず聞いてくれるかな?」
ニコニコと笑みを絶やさないバンに、静かに頷く空雅。
説明してくれるというなら聞かない筈もない。願ったりかなったりだ。
空雅が頷くのを見たバンは満足そうに話を始めた。
「私と雅俊くん……、つまり私と空雅くんのお父さんは高校のときのクラスメートだった。私はサンタということもあり、当初は低俗な人間ごときと……」
「あの、すみません」
話を始めたバンの声を遮るように空雅が控えめに挙手をする。話の腰を折るのはいけない、と解っていてもどうしても気になる箇所があったからである。
「サンタ、って何ですか……?」
この金髪碧眼の男、バンという人物は初めて会った際も同じようなことを口走っていた。
そう記憶に遠くない出来事である。
「う〜ん……、そうだねぇ。じゃあ先にサンタの話からしちゃおっか」
立てた人差し指を唇に当て、しばらく考えるような素振りを見せたバンは、目の前に置かれている自分のコーヒーを一気に飲み干した。
どうやら少し苦かったらしく若干顔をしかめながらバンが言う。
「見てごらん、空雅くん。私の目の前にあるコーヒーは空だね?」
ほんの四半秒前まで暖かい液体であふれていたカップを指で指し示しながら訊ねるバン。
なるほど、確かにカップの中身は空である。
空雅は肯定の意味を込めて首を小さく縦に振る。
「なら見てごらん……」
煌めく金髪の髪を揺らしながら、バンが『パチン』と指を鳴らす。
途端、見る見るうちに空になったカップには黒い液体──おそらくコーヒーであろうもので溢れかえる。先ほどまで空であったカップの中は並々と黒い液体で溢れていた。
その液体は自身の存在が確かなものだと証明するかのように、もうもうと白い湯気を吐き出していた。
「これは凄いですね……」
感嘆の声を漏らす空雅。
その声にバンは腕を組み「うんうん」と仕切りに頷く。
「どうだい、凄いだろ? ……って空雅くん、少し反応薄くないかい?」
そこでバンはハタと気がつく。空雅の反応が薄い。
バンはすっかり驚いて動転してしまう空雅の姿態を思い浮かべて、またそういったリアクションを期待していたのだが、どういったわけか空雅の反応は一様に薄かった。
突然に目の前にコーヒーが現れたのにも関わらず、驚くことなく淡々としている人間にバンは驚きを感じた。
「や、確かに驚いてますけど……。何というか、流石に驚き疲れました」
艶やかな黒髪と黒曜石のように輝く漆黒の瞳を持つ少年は、やや披露気味にそう返した。
いちいちこんなことに驚いていたのでは身が持たない、そう思う。
朝起きれば部屋に西洋甲冑。
そして、何故だか後をつけてくる。
不審に思いつつも、街を歩けば見知らぬマフィア風の男に声を掛けられ喫茶店に。
そして、まさかの許嫁発言。
これ以上どう驚けと?
もはや目前に宇宙人が現れても、未来人がやって来ても、赤い球になる超能力者が出現したとしても、やはり驚くことはないだろう。
「いやはや、今日1日で随分とたくましくなったもんだねぇ〜……」
半ば達観とも諦観ともとれる悟りを開いた少年は優美な仕草で自分のカップをゆっくりと口に運び、溜め息を一つ。
「それで、バンさん」
「何だい、空雅くん?」
「結局アレは何だったんですか? 手品には見えなかったんですけど……」
空雅にとって手品やマジックなどのタネを見破ることなど朝飯前、普通に生活をしている限りほとんど無用な才能である。そして、そのほとんど無用な才能が告げている。
先ほどバンがコーヒーを顕現させて見せたのは決して陳腐な手品の類ではないと。
「あれこそがまさにサンタの能力と言っても過言ではないね」
「───(こくこく)」
バンの言葉に首を縦に振るベル。
首を振る度にの西洋甲冑がガシャガシャと金属音を奏でる。
「サンタの能力はあらゆる物質を自在に構成すること。つまりは、この力を使って全国の子供たちにオモチャを作っているわけだね」
「恐ろしく便利な能力ですね……」
この人達によるとお金は必要ないってことになる。目の前にあるコーヒーだってわざわざ金を払って飲む必要もない、構成すれば済む話なのだ。
「はは、それじゃあなんの趣もないよ、空雅くん。やっぱりこーゆーのはお金を払って飲むから美味しいんだよ」
などと言いながら、先ほど自分の手により顕現させたコーヒーを美味しそうに啜るバン。
何だか矛盾しているような気がしないでもないが、今となってはもはや些末な問題に過ぎない。
「ん、でサンタの説明はこの辺でおっけー?」
コーヒーを飲み干したバンは弛緩した表情で空雅に問う。
取り敢えずサンタというものが、『何でもありな存在』と漠然と理解した。どうせこれ以上のことを聞いたところで理解出来そうにない、そう考えた空雅は無言で頷く。
「じゃあ話を続けるね……」
バンは一つ間を開けてから、ゆっくりと話し始めた。
「私と雅俊くんは高校のときのクラスメートだった。当初、サンタ族である私は何の力も持たない下等な人間達と関わる気はなかったし、馴れ合うつもりもなかった。そんな私に初めてできた友人こそが……空雅くん、君のお父さんだよ」
そう言ってニコリと柔らかい微笑みを向かい側の席に座る空雅へ投げかける。
なるほど……、ウチの父親なら友の中にサンタの一人や二人いたところで不思議ではない。
と、空雅は彼なりに既に亡くなった父親へと想いを馳せる。
記憶の中の父親はいつも人懐っこい優しい笑みを浮かべていた。あの人はそういう人だ。誰とでも打ち解けることができる、他人を想いやれて理解ができる、そういう人間だ。
ときたまエキセントリックな行動に及ぶこともあったけれど、とても賑やかでそこにいるだけで場が華やぐような、そんな人だった。
「それから、妙に馬が合ってね。私と彼の仲は瞬く間に深まった。そして歳月は流れ、私も雅俊くんも結婚した。以後はお互いの奥方も交えてね、よく飲んだものだよ」
目を閉じてかつての親友との語らいを思い出して、バンは薄く微笑む。
「そこで私たちは一つの約束をしたんだ。お互いに生まれて来た子が男の子と女の子だったら許婚にしようって。それで結婚したなら私たちは親戚になるね、って」
バンはゆっくりと目を開き、向かい側に座った親友の忘れ形見とその隣に座る愛しい娘を見る。
「そして、子供が16歳になった年のクリスマス。お互いを会わせよう、って」
それはバンとバンの愛した者、雅俊と雅俊が愛した者の四人の願いだった。
それから、お互いの間に産まれた子たちが可愛い男の子と女の子であったときはともに喜び合った。毎年クリスマスが来る度に将来を語り合った。
そして、親友夫妻が亡くなってから二年。
ついに、待ち望んだ今日という日が来たのである。
「空雅くん、私たちは何より二人の幸せ──空雅くんとベルちゃんの幸せを願っている。だから無理に結婚しろとは言わないし、二人には本当に自分が好きな人と結婚して欲しい」
「………」
空雅は黙って真摯に話すサンタの、何より一人の親としてのバンの話に耳を傾ける。それは隣に座るベルも同じだ。
このバンという人の誠実さが伝わったから、それに応えるように真剣に話を聞く。
「当然、付き合うも結婚するも君達次第。反りが合わなければ、別れるもよし。これは君達の人生だ、私たちがどうこう決められる問題じゃない」
そこで、バンは真剣な表情から一転。
「ま、勿論私たちは前者になることを望んでいるんだけどね♪」
破顔一笑して、そう言った。
ガラス張りの窓から見える外は朱に染まりつつある。昼過ぎに家を出立してから暫く、真冬は日が沈むのが早い。
「そこでなんだけど」
「はい……?」
何だろうと空雅は好感が持てる男に聞き返した。
最初は不審に思っていたが、先ほどの真剣に話す姿は図らずも空雅の好感度を上げる形となった。
「どうだろう? 暫くの間ベルちゃんと同棲してみる気はないかな? 先ずはお互いのことを知らないと話にならないだろう?」
「はぁっ!?」
しかし、これは好感度云々とは全く別の問題である。
いきなり同棲しろと言われても、かなり困る。これは普遍的な高校生としての当たり前な反応であった。
「……いや、でも若い男女が一つ屋根の下ってのは……」
勿論、空雅はベルが若いか否かということなど知らない。鉄仮面を外したベルの素顔を見たわけでもないし、声を聞いたわけでもない。
ただ、先刻のバンの言葉から鑑みるにおそらく同年代と見て間違いないだろう。
「はっはっは、何だい? 空雅くんは何か間違いが起こるとでも?」
サンタと言うよりは悪魔と言った感じにバンはニヤリと口の端を吊り上げる。
「や、そういうわけじゃないですけど……」
「───(ぽっ)」
空雅の顔が熱く火でる。隣にすわるベルも両手を頬にやり、恥ずかしそうに身をくねらせる。
そんな初々しい反応を微笑ましく見ながらバンは、
「もし間違いが起こったとしても、空雅くんがベルちゃんを貰ってくれるなら問題ないしね♪」
と、今日一番の笑みで返すのであった。
このとき、空雅にはバンがファウストとの契約を済ました直後の大悪魔メフィストフェレスに見えたという……。
いきなり同居って……。
おいしいシチュエーションです。




