出逢い/02
外の空気は澄み渡っていた。冬特有の新鮮な空気はピリリと肌を刺激する。
そして、空は快晴と呼ぶに相応しい雲一つない青空。昼間ということもあってか、そこまで寒くもない。
まさに、出かけるには打ってつけの日よりだった。
神楽市を中央に縦断するように流れる成瀬川の東手は住宅街となっている。
その住宅街から北部に少し外れた所には商店街が一つ。
その商店街は人で賑わっていた。
それもその筈、今日は天下御免のクリスマスなのである。
当然、道を闊歩する人々の表情は一様に明るく皆笑顔であった。
恋人達は笑い合いながら、子供達は街を飾る煌びやかな装飾品に目を輝かせながら……、老若男女問わずそれぞれにクリスマスを楽しんでいた。
しかし、そんな楽しいクリスマスとは裏腹に雑踏の中を浮かない顔をした少年が一人。
この苦渋の表情を浮かべる少年の名は黒崎 空雅。
艶やかな漆黒の黒髪と、黒曜石のように輝く瞳を持つ少年である。
そして少年は人々の視線を一人、独占しながら歩いていた。いや、正確には一人ではない。一人と“一体”である。
その一人と一体──空雅と謎の西洋甲冑──は、確実に道行く人々の好奇の視線を独占していたのだった。
「はぁー、何だろうねコレは」
ガシャガシャと音を鳴らしながら後をついて来る鎧を空雅は横目で一瞥しながら呟く。
この鎧は今朝から空雅の部屋に置かれていたものだった。
それは当初動かないものだと思われていたのだが、それが動くと発覚したのは昼過ぎ、空雅が厨房を出ようとしたその時であった。
部屋にある筈のそれが独りでに厨房まで来ていたのを見て、初めてコレが動くと気づいたのだ。
「やっぱり誰か中に入ってんだろうな〜」
動くということは中に誰かが入っていると考えるのが普通だろう。中に誰も入っていないとなると、相当に不気味である。
いや、中に見知らぬ人が入っているというのも確かに不気味ではあるのだが、どうやらこの西洋甲冑は危害を加えるつもりはないらしく取り敢えずはほっておいても問題はないようだ。
尚もガシャガシャと音を立ててついてくる西洋甲冑は終始無言。どうやらこの甲冑は空雅の後をついて来るようであった。
「せめて何か喋ってくれないかな……」
「───(ふるふる)」
空雅の呟きに首を横に振る西洋甲冑。
先ほどからこの押し問答の繰り返しである。
つまり、空雅が問えば西洋甲冑が首を振り答える。
ただ、ひたすらにこの繰り返しであった。
さて、空雅が家を出てから暫く。
当初の予定では適当なファミレスにでも寄って簡単に昼食を済ませようと思っていた空雅であったが、如何せん人の目が痛かった。
常識的な思考を持つ彼には、道行く人の何か奇異なものでも見るような視線に耐えられる筈もなく、結局のところそれは断念されることになり、最寄りのスーパーだけに寄って帰ることにしたのだった。
両手に大きく膨れ上がった買い物袋を持った空雅は短い嘆息をつく。
結局というべきか、やはりというべきか、謎の塊である西洋甲冑は空雅の後をついてスーパーにまで来た。
ある程度予測していた事態とは言え、あの時の主婦の皆様方の視線は痛かった。
あの時のなにかイタいものでも見るような主婦たちの視線を思い出して、空雅はぶるりと震える。
明日からは変わり映えのない日常に暇を持て余した主婦たちの格好のネタとして、この非日常的な光景……少年と西洋甲冑の不可解極まりない謎の組み合わせは周辺に知れ渡ることとなるだろう。
そんなことを考えながら歩いている時であった。
「ハッピー・メリークリスマ〜ス」
若干量の暗影が差したる空雅の表情とは裏腹に、やけに明るく呑気な声が耳に入った。
思わず声のした方へと顔を向ける。
果たして、空雅が顔を向けた先には一人の男がニコニコと顔中に微笑を浮かべ立っていた。
美形と称しても何ら差し支えのない男の年頃は、外見から判断するにおよそ三十代前半程度。
高い長身を漆黒の闇のようなダークスーツに身を包み、やはり黒く鍔の広い帽子を頭にちょこんと乗せたその姿は、映画などで目にしたことがある『ごっど』で『ふぁーざあ』なマフィアのそれと類似していた。
何より目を惹くのは、その男の奇特な出で立ちよりも、太陽の日差しを浴びて煌めく綺麗な金色の髪と、清水のように澄んだ蒼い瞳。
その金髪碧眼の顔立ちは欧州系、もしくは西洋のもの。
ともかく、この男の見てくれは空雅と謎の西洋甲冑とは別の意味で目立っていた。
そう言ったわけで、思わず全身黒ずくめの男をしげしげと見てしまった空雅を誰が責められよう。
「………」
「………」
西洋甲冑を引き連れて歩く怪しい少年と、一見するとマフィアに間違えかねられない不審な男……、両者の目がバッチリ合って暫し無言で対峙する。
「……あの、僕に何か用でも?」
気まずい沈黙に耐えかねた空雅が先に口を開く。
冬の風は冷たく痛い。
「君は黒崎空雅くんかな?」
少し間を開けると男は偽悪的に微笑んだ。
当然、空雅はこの問い掛けに対し、驚きに目を見開く。
何故ならば自分はこのどこか胡散臭い出で立ちをした男のことなど、これっぽちも、ミジンコの染色体の1万分の1ほども知らないのだ。
なのに自分のことは知られている。これは普遍的な高校生である空雅には十分に驚愕に値するものであった。
「……あなたは何なんですか? どうして僕を?」
畢竟、空雅の口が紡ぎ出すのは疑問系の言葉。
そして、この問いに男はニヤリと半月型に口の端を吊り上げて、ツカツカと空雅のもとに歩み寄る。
空雅の眼前まで歩を進めた金髪碧眼の黒ずくめは、どこか楽しそうな声で歌うようにのたまった。
「私かい? ははは、私は唯のしがないサンタクロースさ」
「………」
──絶句。
無邪気に笑いながら答える男を見て、これ以上関わっちゃいけない、と警報が空雅の頭の中でけたましく鳴り響く。
「それでは、さようなら」
空雅は頭の中でウルサく鳴り続ける警報に従い、クルリと踵を返すとスタスタと足早に歩き始める。
当たり前だ、サンタを自称するような人間がまともである筈がない。
だいたいにして、サンタは赤服の白髭爺さんだと相場が決まっている。しかし、目の前に立つ男は全身くまなく黒ずくめである。怪しいにも程があるというものだ。
……と、ガチャガチャと音を立てながらついてくる西洋甲冑を引き連れた「怪しい」少年が考える。
「お〜い、待ちたまえ空雅くん! 私の話がまだ終わってないんだが」
背後から声が掛かる。
しかし、待てと言われて待つ程空雅はお人好しではない。当然の結果として後ろの声は無視して歩き続ける。
「お〜い! 待ってくれって、雅俊の倅よ」
この声に反応して、ピタリと空雅は動きを止める。
雅俊。
それは二年前に亡くなった空雅の父親の名であった。
「どうして父の名を……?」
もはや、この西洋甲冑がなんぞやということは空雅の頭にない。
最大の疑問はこの目の前に立つ金髪碧眼の男。
少なからず父親のことを知っているような口振りであった。
「うん、まぁつもる話もあるから、空雅くんの都合さえよければ喫茶店でもどうかな? 奢らせて貰うよ?」
男はニコニコと笑いながら嬉しそうに喋る。
空雅としては見も知らない不信な男にひょいひょいとついて行くのは不本意であったが、父のことを知っているようだ。
行くか、行かまいか……。
しばらくの間空雅は考える。
そんな空雅を横目で伺いつつ、男は空雅の後ろに控える西洋甲冑を一瞥する。
「もしも空雅くんが来てくれるなら、君の後ろにいる子の説明もするけど? ……というよりも、そっちが本題だったりして。どう?」
そう言って男は世の女性を虜にするウィンクをパチリと一つ。
この瞬間、空雅はこの男について行くことに決めたのであった。
†
「いやぁ、香ばしくて誠にいい香りだねぇ」
実に画になる仕草でカップを手に取り、美麗にして優雅な手つきでコーヒーの香りを楽しむ金髪碧眼の男。
現在、空雅たちは男の提案通り喫茶店にやって来ていた。
喫茶店の名は『どりーむ☆おあしす』。
洒落た感じのいい名前にしようとしたけど結局失敗しちゃった♪感が否めない妙な名前の喫茶店である。
「……苦い」
空雅の目の前に座る男は何やら渋い表情でカチャリとカップを置くと、ドバドバと砂糖を入れ始めた。
「空雅くんも如何かな?」
男は向かい側に座る空雅に砂糖を少し持ち上げて訊ねる。
「いえ、結構です」
「そうかい? なら、君は?」
次は空雅の隣にどっしりと金属特有の光沢を浮かべながら座る西洋甲冑に訊ねる。
要するにテーブルの上には三つのコーヒーが……謎の西洋甲冑の分も置かれていた。
「───(ふるふる)」
首を横に振り男の申し出を断る西洋甲冑。
その西洋甲冑を男は優しい表情で見ると、穏やかに言う。
「そうだったね。君はいつも無糖だったのをすっかり失念していたよ」
この時、空雅は微妙な違和感を感じた。
いつも……?
いつも、ということは常日頃からこの金髪碧眼の男はこの西洋甲冑と共に行動しているということである。
「あなたとこの鎧は知り合いか何かで?」
そう考えた空雅の問いがこうなるのは、もはや必然であった。
「ははは、知り合いも何も親子だよ、空雅くん!」
男が愉快そうに笑いながらそう告げる。
これには流石の空雅も驚愕。
今日は今朝から色々と驚くこともあったが──具体的には、朝起きると西洋甲冑があったり、その甲冑について来られたり、不振な男に父親の名を出されたり──、本当に色々とあったが、今が一番驚いている。
思わず空雅は、隣で厳格に重厚に腰を下ろしている西洋甲冑と、目の前でニコニコと笑っている金髪碧眼の男を見比べてしまう。
「はっはっは、そんなに驚かなくても。似てるだろ? 僕とその子?」
似てるも何も空雅はこの西洋甲冑の素顔を見たことがない。んなもん解るわけもなかった。
ただ本当にこの鎧の中の人が目の前の金髪碧眼に似ているのなら、相当に美形だということだけは解った。
「あっ、そうだ」
「?」
男が何かを思い出したようにポンと手を打つ。
「そう言えばまだ名乗っていなかったね。私の名はバン・ヴィルヘム。で、君の隣で座っているのが僕の娘、ベル・ヴィルヘムちゃんだ。改めてよろしくね、空雅くん」
バン・ヴィルヘムと名乗った男は柔和な笑みを浮かべながら手をすっと差し出す。
空雅は差し出された手を見てそれが握手を求めているものと理解すると、やんわりと手を握る。
「それで早速なんですが、一つ伺ってもよろしいですか?」
バンによりガッシリと拘束されていた手を解放させると空雅は先ほどから気になっていたことを切り出した。
「あの、この鎧……、ベルさんは女の子何ですか?」
先程気になったこと。
それはバンがこの西洋甲冑、もといベルのことを『娘』と言ったことであった。
娘というからには十中八九この厳つい鎧を身にまとっているのは女の子ということになるだろう。
「うん、安心してくれて構わないよ。ベルちゃんはとても可愛いからね」
そう言ってニコリと微笑むバン。
一体何に対して安心すればいいのか、全く検討もつかない。
「何って、ベルちゃんは空雅くんの許嫁だからね。可愛い方がいいだろう?」
「はい?」
許嫁……?
この謎過ぎる西洋甲冑が?
空雅の頭の周りで疑問符が飛び交い、旋回、アクロバティック飛行を行う。
そして直後に軽い頭痛。
──この時、静かに、しかし確実に……。
空雅の穏やかなる日常は崩れ始めたのであった。




