第2257話「指揮官の鑑」
ころん、と音を立てて落ちる深紅の玉。誰もが固唾を飲んで見つめる中、俺はゆっくりと歩み寄り、手を伸ばす。
表面は滑らかで硬く、暖かい。内部にゆらめく炎がまるで宇宙に広がる銀河のように広がっている。
「これが……"深紅の燃眼"か」
古エルフ族の秘宝にして、エゥリエスが求めるもの。それは見た目に美しいだけではなく、内に莫大な魔力を宿していた。"昊喰らう紅蓮の翼花"が持つ原始的な"魔法"を、そのまま封じ込めたからだろう。燃やすことという純然とした意味だけが、この中で燃え続けている。
『〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ! レッジ、やったね!』
協力してくれたレアティーズが飛び上がって叫ぶ。
それを皮切りに、周囲の調査開拓員たちも万雷の拍手で祝福してくれた。振り返り、掲げてみせると、ナナミとミヤコがドシンドシンと飛び跳ねて喜んでいた。
「レッジ! やったね!」
「うおっ、とと。ラクトもありがとうな」
共に苦労したラクトも感極まった様子で、俺に激突する。機械人形とはちがって、有機外装の彼女はもちもちと柔らかい。
「これで、あとは二つだな」
「せやった……。こほん、そういえばまだ二つあるんだったね」
ずいぶんと大掛かりなことをして達成感もひとしおだが、実際のところ、あと二つ集めなければならないものがある。〈人魚の庭園〉で"紺碧の泡雫"を、〈宝石の王国〉で"黒の月鋼"を。どちらも、いまだに聞いたことのないものばかりだ。
『おめでとうございます、レッジ』
まだ道半ばであることに気付いて少し冷静になったところで、ウェイドがやってくる。彼女も無事に儀式が終わり、一安心といった様子だ。その手に何やら紙の束を抱えている。
「ウェイドも協力してくれて助かった。これで、順調に次に進めるよ」
『何か、忘れてませんか?』
改めて彼女に感謝を伝えたが、ウェイドはその場から動かない。どころか、俺の前に立ち塞がってきた。
銀髪の管理者がずいと差し出してきたのは、紙の束。そこには見覚えのある文章が書き綴られている。
『私の全面的な協力がなければ、今回の偉業は達成できなかったと、あなたはさっきそう言いましたね? となると、相応の代価、もしくは謝礼が必要かと』
題名は、"魔術による砂糖精製の可能性に関する検討"――俺がラクトたちと〈新天地〉で激論を交わし、その余暇として組み上げた論考。魔術を用いた物質生成を応用した、砂糖精製方法。
とはいえあれはただの論考、いち意見であって具体性があるわけではない。むしろ妄想に近い。だから、興味を示していたウェイドに渡したのだが。
「えっと、それはつまり?」
『無から砂糖を生み出す夢の魔術、早く教えてください』
「いや、それは……。そもそもウェイドは有機外装じゃないだろ」
『問題ありません! 気合いさえあれば、機械人形でも……。はっ、私も有機外装になれば無限砂糖天国への扉が!?』
頭の中まで砂糖で溶けたかのようなことを言い出すウェイド。今にもでも神殿へ駆け出しそうな、その時。
『しゅがっ!?』
『まったく、何を荒唐無稽なことを……。管理者がそのような醜態を晒すでないわ!』
赤いピコピコハンマーが直撃し、撃沈する。ウェイドの背後に立って辟易とした顔をしているのは、片目を黒髪で隠した和装の少女――指揮官T-1だった。
「T-1、来てたのか」
『街中で魔術の大規模な行使があると知って、見に来ぬわけにもいかぬじゃろ』
どうやら、ウェイドが中央制御区域での儀式実行を許可したことを察知して、見守っていたらしい。久々に彼女の指揮官らしいところを見た気がするな。
「ちなみに、稲荷寿司を生み出す魔術があるかもしれない、と言ったら」
『バカなことを言っとらんと、さっさと片付けをするのじゃ』
涼やかな目をして即答する指揮官。
その言葉に、誰もが戦慄した。
「おま……本当にT-1か……?」
『当たり前じゃろ! お主、というかお主ら、妾のことを破滅的な稲荷ジャンキーとでも思っておるのではないじゃろうな!?』
周囲の調査開拓員たちが一斉に目を逸らすなか、俺は思わず彼女の額に手を当てる。いや、熱はない。
『お主まで! 妾は公私混同せぬからの!』
ぷんぷんと怒り心頭といった様子のT-1。この町を巨大いなり工場にしようとした過去は、私事だと言うのだろうか。
『そんなことよりも! ――お主ら、片付けをしたらさっさと〈人魚の庭園〉に向かった方がよいぞ』
頬を膨らませたまま、彼女は言う。
首を傾げる俺たちに指揮官は耳を揺らした。
『ベンテシキュメとポセイドンが喧嘩しておってのう。このままでは秘宝どころではないかもしれんのじゃ』
Tips
◇強制鎮圧用非殺傷ハンマー
暴走した機械人形を強制的に行動不能にする特殊なハンマー。接触時に特殊な信号を流し込むことで、安全に一時的な機能停止を実行する。
強力な武装であるため、使用できるのは指揮官以上の権限者に限られる。
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