第2258話「傷心の管理者」
〈人魚の庭園〉は〈怪魚の海溝〉に現れた古代都市だ。急激な環境負荷の上昇が確認されて、大規模な猛獣侵攻が発生したが、騎士団をはじめ多くの有力者たちが集結したことで、決着はついた。――はずだった。
しかしT-1曰くポセイドンとベンテシキュメが何やらここで喧嘩を繰り広げているらしい。ここでは"紺碧の泡雫"というアイテムを手に入れなければならないのだが、そうも言っていられない状況だ。
そんなわけで、俺たちはひとまず現地の様子を見るために向かった。
「ここが〈人魚の庭園〉か」
『ふむ……。伝承の通りじゃな』
クチナシに乗り海を進むこと小一時間。現れたのは海中に浮かぶ巨大な水泡。球体のなかに古い石造りの荘厳な城があり、周囲を古代魚の群れが回遊している。
俺の隣にやってきたログウッドが腕を組んでじっと見つめていた。
「体調は問題ないのか?」
『なんのこれしき。久々に傷を負ってむしろ力が沸いてきたわい』
一時は意識を失っていたエルフの老翁は、逞しい腕を隆起してみせる。無事に目を覚ましてくれて胸を撫で下ろしたところで、むしろ本人の言う通り活力が漲っているようにも見える。
彼も人魚たちの古代都市を一目見たいと、こうしてついて来ていた。
「とりあえず町の中に入りたいんだが、どうしたらいいのやら」
「ガイドによればどこかに入り口があるらしいですよ」
wikiにはすでに各都市の情報もある程度まとめられている。それを参照しながらレティが言った。
どうやら、この巨大なスフィアのどこかに穴が開いているらしいのだが、
「きゃーーーーーっ!」
「逃げろぉおおおおっ!」
ドゴォオオ――ッ!
それを探そうとした矢先、目の前でスフィアに大穴が空いた。
「これのことか?」
「流石に違うと思いますが……」
調査開拓員たちが次々と飛び出し、悲鳴をあげて阿鼻叫喚の様相を呈す。これが古人魚流の通行方法である可能性もないわけではなかったが、さすがに違うらしい。
どうするべきかと出方を窺っていると、穴から人魚たちが飛び出してくる。手に銛を携え、鎧を着込んだ兵士たちだ。
『泡粒一つ残らず探せぇ!』
『絶対に逃すんじゃねえど!』
彼らは怒り心頭の様子で周囲に広がっていく。巻き込まれた調査開拓員たちにも銛が突きつけられ、何かを問い詰められているようだった。
「あれはなんだ……?」
「よく分かりませんが、離れていた方がいいかもしれませんね」
水中でのトラブルを海面から眺めながら、事情を推察する。その時、ぶくくぶくと周囲に広がる泡の中に、小さな人影を見つけた。
「あれは……」
「ちょっ、レッジさん!?」
船をレティに預け、飛び込む。有機外装は脆弱だが、魔術を使えば自由に泳ぐことができる。
「"水よ我が意のままに翻れ"――『飛沫の奔流』」
誰かが考案した水属性魔術。両手のひらから勢いよ水流を発生させることで推進力を得る。深いところまで突き進みながら、泡の中に紛れて身を縮めている少女へと向かう。
「ポセイドン!」
『わっしょぉっ!?』
声をかけると、彼女は肩を跳ね上げて驚いた。怯えた顔で逃げようとした彼女の手を咄嗟に掴む。
「何があったかは知らないが、ピンチか?」
こくこくと頷く管理者。泡は徐々に消えていき、彼女の姿が露呈するのも時間の問題だろう。
「一旦、船に。事情を聞かせてくれ」
俺はポセイドンの体を抱き寄せて、海面へと戻る。
「レッジさん、掴まってください!」
レティが投げてくれた浮き輪を掴み、そのまま引き上げてもらう。
ぐっしょりと全身を濡らしたポセイドンは甲板にへたり込み、呆然としていた。
「何があったんだ、いったい」
しゃがみ込んで視線を合わせながら尋ねる。
『うぇ……ひくっ。ひぎゅっ。うぇええええんっ!』
だが彼女はボロボロと涙をこぼし、泣き始めるのだった。
Tips
◇古代魚
〈人魚の庭園〉出現時に合わせて現れた未知の原生生物。現代のものよりも原始的な特徴を持ち、非常に生命力が高い。
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