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ヴォーパルバニーと要塞おじさん  作者: ベニサンゴ
第42章

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第2256話「かしこみ」

『ナナミ、ソッチ引ッ張ッテ!』

『コウデスカ?』

『オーライオーライ!』


 ウェイドが手配した土木NPCたちに混ざって、ナナミとミヤコが大きな角材を立ち上げている。中央制御区域の広場に大量の資材が搬入されて、大きな櫓が組み上げられていた。

 騒ぎを聞きつけた調査開拓員たちが遠巻きに視線を向けてくるなか、俺とラクトは入念な確認作業に追われていた。


「これで問題はないはずだがな……」

「理論理屈で考えちゃダメっていうのが難しいよね」


 メモの束を机に広げて、走り書きの乱暴な文字を何度も読み込む。

 〈新天地〉で白熱した議論と、それを根底からひっくり返すレアティーズたちの発言。それらを経て、俺とラクトは魔術の性質を垣間見た。……と、思う。

 正直、確証はない上に不安だけはたっぷりだ。だが、こうすれば、おそらくは上手くいく、はずなのだ。


『レッジ、心の準備はできましたか?』


 神妙な面持ちのウェイドがやってくる。

 彼女には無理を言って、この広場を使わせてもらっている。一歩間違えれば大惨事だが、そもそもここでなければできないのだ。


「ああ、いつでもいける」


 ラクトの方を見る。彼女も頷いていた。

 そもそも、今回のあれこれは〈白き深淵の神殿〉の壁を破壊した代償として課せられたもの。しかもこれから手に入れようとしている"深紅の燃眼"は、集めなければならない三つのうちのひとつにすぎない。

 ぶっ飛んだ無理難題、というわけではないはずだ。エゥリエスがとんでもない捻くれ者でないかぎり。


『レッジ! 完成シタワヨ!』


 櫓の下からミヤコが叫ぶ。彼女たちの尽力で、祭壇が完成していた。

 急造された木製の祭壇。ぐるりと取り囲む中心に置かれたのは、厳重に封印された種。俺が合図を送れば、ウェイドが栄養液を一滴、落としてくれる。


『大丈夫そ?』


 レアティーズが様子を窺ってくる。彼女とオフィーリアも、儀礼服に身を包み、神聖な雰囲気を纏っていた。


「ああ。よろしく頼む」


 周囲には消防NPCが万が一に備えて待機し、耐火壁が立ち上がっている。中央制御塔も完全閉鎖状態に移行し、万が一激しい爆発があった場合も、ウェイドは失われないように多重の安全装置が構築されている。

 ここまでしても、まだ不安は拭いきれない。

 だが、やらねばならない。


「始めようか。――荒火神命鎮事を」


 俺は白い狩衣を着て、ラクトも白に朱の映える巫女服に身を包んでいる。

 厳かな雰囲気のなか、俺たちは祭壇の前に立つ。四方から、俺とラクトとレアティーズとオフィーリア。それぞれが中央を向き、そこに置かれた箱を見る。

 手を挙げると、ウェイドが動いた。


「"かしこみ、かしこみ"――」


 ごく微量の、希釈した栄養液が種を濡らす。

 表皮が割れて、柔らかな芽が萌ゆる。それは外気に触れ、産毛を震わせ、急速に生長し始める。

 その瞬間、俺は胸の奥底から何かを吸い出されるような虚脱感に襲われる。ラクトたちもそうなのだろう。揃って顔を顰め、それでも声を発し続けている。


「"掛けまくも畏き火の神の広き御前に畏み畏みも(まを)さく"――」


 魔力を吸われている。

 萌芽した"昊喰らう紅蓮の翼花"は、備わった本能のままに力を貪る。彼が求めるのはただの栄養ではない。世界そのものに影響を与えられるような、絶大な力だ。それはまさしく、魔力そのもの。原始原生生物が活動していた太古の時代、そこでもっとも潤沢にありながらもっとも必要とされていた奇跡の素子。

 あの赤い花は魔力を喰らうことで、その力を――本来のものを――獲得する。


「"この国土に生まれ坐せし火の御霊"――」

「"其の赤冠は天河を喰らう"――」

「"其の息吹は荒地を灼く"――」


 詠唱。祝詞。

 眼前にあるのはただの花ではない。その形を持って顕現した"魔法"そのもの。理屈もなくただあるがままに暴れる力の本流。そこに論理という道を作り、受け流すことこそが、魔術たる所以。

 だが、いたずらに理屈をこねても、純然たる現象が従うことはない。

 必要なのは、結果だけ。


「"猛り火、荒み荒ぶるその御魂、我ら願いの一助となりて鎮め給え"」


 鈴の音。燃ゆる葉。さんざめく光。

 祭壇に置かれた物。供物は存在するからこそ、強力な概念を持つ。魔力を吸引する花は、微妙にその影響を受ける。

 今や火柱が立ち上がり、捻じれながら空へ迫る。肌を焦がす熱気が、鮮烈な光が、俺たちを襲う。気を抜けば意識すら失うだろう。


「"かしこみ、かしこみ"――」


 拍手。一礼。

 噴き上がる炎は火の粉を散らし、その場にあるもの全てを焼き尽くさんととぐろを巻く。


「"かしこみ、かしこみ"――」


 重要なのは、火に対抗することではない。上手く燃やすことなのだ。

 轟々と音を立てて燃え、巡る炎。それが喰らうものを、少しずつ曲げていく。己を喰らうように。熱を喰らい、炎を飲み干すように。胃の腑に納めた業火は血肉となり、それはより勢いを増す。

 俺とラクトと、レアティーズとオフィーリア。四人がかりで暴れる炎を抑え、迎え、小さくしていく。

 やがて――。


「"かしこみ、かしこみ"」


 その火はより熱く、より赤く。そして小さくなった。

 カラン、と音を立てて箱の上に落ちる。深い赤色の小さな玉。周囲にまだ熱が立ち込めるなか、厳かに火は鎮められた。

Tips

◇深紅の燃眼

 古エルフ族の秘宝。燃え続けるもの。空を焼く紅蓮の魔樹を、エルダーエルフが凌駕することによって磨き上げられる。

 それは極小のなかに無限の深みを持ち、見る者に熱を与える。


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― 新着の感想 ―
ある意味、神事ですなぁ……
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