第2253話「原始の可能性」
規制線が張り巡らされ、警備NPCと消防NPCが続々と集結してくる。周囲には野次馬も集まるなか、俺たちは救急ベッドの上に横たわるログウッドを取り囲んでいた。
「バイタルは安定してるな。オフィーリアの治癒が効いてる」
「まさか、あの爆発を真正面から受けて軽傷と気絶だけで済むなんて……」
オフィーリアが手のひらから淡い光を放ち、老爺の屈強な肉体を撫でる。焦げても焼け爛れてもいない肌は、瑞々しい命の輝きを放っていた。
『ログウッド爺はエルダーエルフです。魔樹の炎に備えて、事前に守りの魔術も展開していたのでしょう』
『うぅう。でも心配したよぉお!』
ほっと胸を撫で下ろすオフィーリア。レアティーズはログウッドに縋りつき、ズビズビと鼻を鳴らしている。
チャンバーごと破壊するような、あまりにも異常な爆発にも関わらず犠牲者がいなかったのは奇跡だ。同時に、なぜそんなことになったのかという疑問も湧いてくる。
『あの爆発は明らかにこれまでの規模を遥かに超えています。実測値の倍以上の冗長性を持たせていたはずの装甲壁がああも容易く溶けるなんて……』
完全に予想外だとウェイドは慄きを隠せない。実際、彼女は事前に入念な安全確認を行なっていた。万が一にもエルフを死なせてはならないと、防御に防御を重ねていたはずだ。それでもなお、防ぐことができなかった。
「ウェイド、乾燥粉末火薬を用意してくれないか。0.01グラム以下でいい」
事故と片付けるには事が大きすぎる。
原因の究明が必要だ。
簡易の実験設備を用意して、そこで花弁の燃焼を確認する。ごく微量の火薬なら、問題はないはずだ。
『仕方ありませんね。みなさんは離れていてください』
ウェイドが用意した火薬を重装警備NPCたちが盾を構えて取り囲む。慎重に火を落とせば、バボンッ! と大きな音と共に燃焼される。なるほど、想定通りの規模だ。
「なぜ、ログウッドが燃やすとああなったのか……」
『レッジ! 危険ですよ!』
ウェイドの制止をあしらいつつ、俺は再び火薬を置く。ごく微量の、小規模な爆発しか起きない程度の火薬だ。
ただし、今回は少し手順を変える。
「たぶん、これが原因だろうな」
手のひらから注ぐ、生命力とも言えるエネルギー。
乾いた粉はそれを面白いくらいに染み込ませていく。そして――
「構えてろよ。――着火!」
火を投げ落とす。
次の瞬間、凄まじい勢いで火柱が上がり、周囲に鮮やかなオレンジの光を撒き散らした。予想だにしない爆音に野次馬たちがどよめくなか、俺は確信した。
「ウェイド、原始原生成物の研究はまたやり直しかもな。ひとまず、魔術師の立ち入りは当面禁止した方がいい」
ずっと疑問があったのだ。
この"昊喰らう紅蓮の翼花"は星の環境すら作り変えるほどの力を持つと言われていた。だが、現代に甦らせたものは、弱体化しすぎているような気がしていたのだ。これで本当に、昊を喰らうほどの力を持っているのか、と。
だが前提が違っていた。
弱くなっていたのは、俺たちの方だ。正確に言うならば、この花の持つ力を、十分に引き出せていなかった。
「原始原生生物は、魔力を与えると飛躍的にその力が向上する」
空を焼くほどの業火。大地を割るほどの稲妻。地上を埋め尽くすほどの肉。それら全て、全くもって誇張ではなく、伝説や神話の類でもない。魔力という触媒――世界を書き換える可能性の粒子が介在してこそ、その力は現実へとなり得る。
想定が間違っていた。俺たちは大幅に力を削がれたものを見て、畏怖していた。その潜在能力は、いまだ計り知れない。
魔樹を燃やし、"深紅の燃眼"を手に入れる。三つの目標のうちのひとつ。それを成し遂げるにも、まだ俺たちは道の始まりに足を踏み入れただけにすぎないのだ。
「途方もないな」
エゥリエスから課せられた使命。その道のりの果てしないことを知る。
「ログウッド、俺にも協力させてくれ」
打ちひしがれている暇はない。それよりも、新たな世界の扉が開いた快感が身体を震わせる。穏やかに胸を上下させている老翁を見下ろして、俺は自然と笑みを浮かべていた。
Tips
◇〈焼却〉
原始原生成物"昊喰らう紅蓮の翼花"が持つ固有魔術。それは純粋なる燃焼であり、単純が故に明快で、強固な概念侵略素子である。世界とは可燃性存在であり、概念とは可能ならば遂行される。
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