第2252話「研究所の炎上」
『緊急事態発生。緊急事態発生』
『チャンバーの大規模な破損を確認。収容違反が発生しました』
『完全閉鎖を行います』
火炎が渦巻き、灼熱が蹂躙する。消火機構が動き出すが、火焔はしぶとく暴れ続ける。
『ほわーーーーっ!?』
ウェイドが悲鳴をあげ、次々と隔壁を降ろしていく。だが、頑丈さが認められているはずの分厚い装甲が、まるで飴細工のように溶けて崩れていた。
「エルフ最優先で避難だ! 隔壁遮断のディレイはそう長く持たないぞ!」
「ミカゲ、案内を」
「……了解!」
「シフォンも頼む!」
「はえや!」
エルフの神祇官たちも事態に対処しようと魔力を練っていたが、彼らの命こそが大切だ。ミカゲとシフォン――機動力と防御力に秀でる二人をサポートにつけて、地上へと送り出す。俺がカルフォンを使ってシステムの動きを鈍らせるのにも限界がある。せめて彼女たちだけでも。
『待って! ログウッドが、まだ中に!』
『私たちも――!』
だが、二人は動こうとしない。レアティーズとオフィーリア、ふたりの視線は火炎の向こうに向けられていた。
エルダーエルフ、ログウッドによる魔樹の焼却。それが実行に移されたのは数十秒前のこと。チャンバー内に入った老翁が魔力を練り上げ、紅蓮の翼花に向けた瞬間にそれは起こった。
ウェイドの予想を遥かに上回り、チャンバーの耐火性能を凌駕するほどの熱が爆発したのだ。ウェイド自慢の装甲ガラスは呆気なく砕け散った。しかし、数秒の猶予は稼いでくれた。
おかげで、俺たちは少しだけ距離を離すことができた。
だがログウッドの安否は分からない。
「ここはレティたちに任せてください。お二人を、失うわけにはいかないんです」
顔面蒼白のエルフたちに、レティが諭す。彼女の鋼のように固くすっきりとした声が、今は頼もしい。一瞬のためらいが、今は状況を分ける。彼女たちもそれが分からないわけではない。唇を噛み締めながら、ミカゲたちに手を引かれて走り出す。
「すまん、みんな」
「レッジさんのせいではないですよ」
「そうそう。予想外はいつでも起こるってこと」
不幸中の幸いだったのは、この場に頼れる仲間がいること。彼女たちは臆することなく、冷静沈着に行動を始めていた。
「まずは火の粉を――斬りましょう」
前に出たのはトーカ。袖に火が広がるのも厭わず、鯉口を切る。鋭い眼光でゆらめく炎を見つめ、見定める。一瞬。
「『音断』ッ!」
刹那の抜刀。
音速を超える鋭刃。
ゆらめく炎の"首"を裂く。
「でぇりゃーーーーっ!」
「うおりゃーーーーっ!」
開かれた道にレティとLettyが共に飛び込む。双頭のハンマーを振り回し、火を破壊する。空間が歪む異様な力をまとった彼女たちの、〈破壊〉スキルの力が、化学現象さえも打ち砕く。
「でも、熱いわね……!」
三人がかりでも火を押し除けることはできない。両者はせめぎ合い、一進一退の均衡を作る。
そこに鉄拳が叩き込まれた。
エイミーによる凄まじい殴打は防御障壁も伴い、少しずつ火を後退させていく。さらに――
「"荒ぶるものはなべて凪となれ。歩みは鈍く、痛みは深く"――『凍結領域』」
急激な温度変化とともに、周囲が白く凍りつく。物理現象を逆転させるかのような、奇跡の発露。ラクトによる魔術の行使。
炎の勢いは急激に後退していく。
「ナナミ、ミヤコ!」
『承知シマシタ!』
『言ワレナクトモ!』
ガシャガシャと音を立てて多脚機械が鎮火したチャンバー内へと飛び込む。瓦礫も全て灰燼と化した壮絶な現場の奥に、横たわる影があった。
「とりあえず反省は後だ。撤退するぞ!」
ナナミたちがそれをウィンチで巻き上げて背に載せたのを見届けて、俺たちは走り出す。立ち尽くすウェイドの手を引きながら、全速力で地上まで走る。
背後で凄まじい爆発が立て続けに起こり、肌を焦がすような熱波が襲いかかってきた。
それを無視して、階段を駆け上る。本来ならば、すでに閉じているはずの隔壁が、まだわずかに外界との隙間を残していた。
「行け行け行け!」
レティたちが次々と隙間に身を捩じ込む。
だが、図体のあるナナミたちが、間に合わない。
「うぉりゃーーーーーっ! 最新素材の竿を無礼めるなよっ!」
誰もが諦めかけた、その時。
閉じかけた隔壁の隙間に太い竿が突き込まれる。
「アン!?」
「早く!」
アンが釣り人の魂にも等しい竿を捧げて、わずかな時間を稼いだ。
しなやかに曲がりながらも、限界を迎え、それが折れる。
直後、ナナミとミヤコが間一髪のところで滑り込んだ。
Tips
◇音断
〈剣術〉スキルレベル80のテクニック。その抜刀は極限へといたり、音すら置き去りにする。衝撃波は全てを破壊する凶暴性を、澄みきった刃の波紋に宿している。
抜刀剣技。斬撃属性攻撃力の20%を打撃属性へと変換する。
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