第2251話「完璧な安全」
レアティーズたちを連れて、植物園の中へと入る。
『これって……』
エントランスに踏み込んだエルフたちは、早速声を漏らした。彼女たちの視線の先にあるのは、白く輝く木。この街のシード投下予定地点にあった、白樹だ。
現在は厳重な保護のもと、すくすくと生長して枝葉を伸ばしている。
「白樹のことを知ってるのか?」
『はるか昔に、〈白き光を放つ者〉の者たちから聞いたことがある。魔力を宿し、神獣の棲家となる聖なる木だと』
ログウッドが懐古して語る。現存する白樹はこの一本だけだが、かつては数も多かったのかもしれない。
「とはいえ、これは魔樹じゃないよな」
『ああ。そうじゃな』
白樹は今や、〈ウェイド〉を象徴するモニュメントのひとつでもある。それに一礼するような気持ちで通り過ぎながら、俺たちはエレベーターへと乗り込んだ。
原始原生生物"昊喰らう紅蓮の翼花"は、実のところそこまで危険なものではない。なぜなら、研究所においては低層も低層、地下一階の第3チャンバーというアクセスしやすいところに置かれているのだから。
『何か軽薄なことを考えているようですが、普通に危険物ですからね』
俺の方をじろりと睨んでくるウェイド。
植物の収容順は、別に危険度に比例しているわけではないらしい。単純に収容した時期が早いものが浅い階層にあるだけなのだとか。
『まあ、"昊喰らう紅蓮の翼花"は初期に収容できたものではありますからね。研究も進んでいますし、最近は収容違反も久しくおきていません』
危険度は高いものの、その適切な収容手法は確立されている。俺以外にも多くの調査開拓員たちがこの研究所でさまざまな実験を積み重ねてきた結果だ。
研究が進み、性質が理解できているからこそ、浅い階層にある収容物は、まだ未知の部分が多い深い階層の収容物に比べて、比較的安全であるという話だったらしい。
「というか、紅蓮の翼花って花びらの乾燥粉末火薬もかなり流通してますよね」
歩きながらレティが疑問を口にする。
あの花の最も特異な点は、発火性が非常に高い花びらだ。それを慎重に加工して作り上げた乾燥粉末火薬は、通常の火薬をはるかに凌駕する爆発力を備える。今では、その乾燥粉末火薬の爆発に耐えられるかどうかで対爆装甲の性能が測られるほどに普及している。
『封じてばかりいても研究する意味がないということです。安全な取り扱い方さえ分かれば、それを活用しない手はありませんからね』
そもそもこの研究所の設立理由からして、これは真っ当な流れだ。
強力で危険な原始原生生物の性質、特徴を解明し、その取り扱い方を整理する。上手く扱うことができれば、それは良い資源へと変わる。有効活用の道を模索することこそ、この研究所の本懐なのである。
だから、俺が原始原生成物の積極的な利用を推進していても、むしろ褒められるべきだと思うのだ。
『個人が乱用するのと、調査開拓団として適切に利用するのとでは、話が全然違いますからね』
「ぐぬぅ」
何も言っていないというのに、すかさず釘を刺される。
後ろからついてきているレアティーズたちが呆れた顔をしていた。
『というか、もうあなたは〈栽培〉スキルも使えないんですからね。そこのところはちゃんと理解していてくださいよ』
「分かってるよ。気をつける」
素直に頷いたというのに、ウェイドはまだ疑念を残しているようだった。俺がいったい何をしたというのか。
『さて、こちらです』
などと話しているうちに、エレベーターは地下一階に。扉が開けばドーナツ型にぐるりと一周巡る廊下が現れ、その外壁に沿ってチャンバーが8個並んでいる。
どれも懐かしい、古い馴染みのような植物たちだ。ここの階層のものは俺の植物園から押収されたものだからな。
『おお……文献で見ることしかなかったものが……ここで出会うことになるとは……』
分厚い装甲ガラス越しに、無機質なチャンバー。厳重な監視・隔離態勢の上で栽培されている原始原生生物を見て、ログウッドが声を震わせる。彼にとっては、滅んだ時代の忘形見のようなものだ。実物は初めて目にするにしても、彼自身はこれらを知っている。
原始原生生物、特にここにあるものは第零期先行調査開拓団が原始惑星イザナミの環境を大規模に改変し、生命が棲める場所にするために投下した。文字通り天変地異を引き起こす凄まじい力を秘めたものだ。
そんなものを前にして、エルフたちが慄くのも無理はない。
『これが、魔樹なんだね……』
レアティーズが、ひとつのチャンバーの前に立つ。
深紅の花を誇らしげに咲かせる、巨大な植物。火気厳禁で窒素で満たされたチャンバー内は極低温に保たれている。細胞さえ凍りつくような環境でも、それは内部に高温を宿して生きていた。
ひとたび発火すれば、星を焼き尽くすほどの炎を空へ広げる魔樹。エルフたちにさえ畏怖の象徴として知られる、邪悪の木。
『そう身構えなくともいいですよ』
ウェイドが、どこか特異げに言う。
彼女はおもむろにコンソールを操作して、チャンバー内のマシンアームを花の前まで近づけた。
『発火』
小さな、マッチ棒のような火がアームの先端に灯る。
予想外の蛮行に、エルフたちは飛び上がり、悲鳴をあげる。直後、花弁は発火し、凄まじい爆発がチャンバーを満たす。
だが、
『きゃあっ!? ――って、あれ?』
『すごい……。爆発を抑えているんですね』
身構えていたレアティーズが困惑する。オフィーリアが、その異常に気が付いた。
"昊喰らう紅蓮の翼花"の爆発を、このチャンバーは真正面から押さえ込んだのだ。
『このように、チャンバーは研究と改良が重ねられ完璧に仕上がっています。たとえ全盛期のものを収容しても、その爆発に耐えられるようになっているのですよ』
ふふんと、鼻高々に胸を張るウェイド。
エルフたちの畏怖と尊敬の視線が、彼女を昂らせていた。
実際、このチャンバーは無数の敗北を経て、これほどの完成度を得た。これもまた、この研究所の成果と言えるだろう。
『ですので、ご安心ください。思う存分やっていただいて結構ですよ』
自身の管理する研究所に絶大な信頼を置くウェイドは、おおらかに言い放った。
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