第2254話「白熱する議論」
ログウッドは命に別状はない。だが、魔力を短時間に大量に消耗した反動で、深い昏倒状態にあった。現在はウェイドが集めた医療者たちと神祇官により、安静状態が保たれている。
「ラクト、概念侵略素子についてある程度の仮説を立ててみたんだが」
「んー、なるほどね。でもこの世界構成要素だと――」
小一時間ぶりの〈新天地〉の個室にて、俺はラクトと熱い議論を交わしていた。魔力の浸透によって大幅に強化される"昊喰らう紅蓮の翼花"に対抗するためには、こちらも魔術を使わなければならないのだ。魔術は想像力が基礎になる。だが、そこには説得力がいる。俺とラクトは互いに言葉を交わす中で、あやふやな形而上学的な現象の輪郭を捉えようとしていた。
「小難しい話をしてますねえ」
「二人ともイキイキしてていいじゃない」
レティたちはこちらの話題には加わらず、食事しながら駄弁っている。山もりのスパゲティがモリモリと消えていく様もまるで魔術のようだが、とにかく。
魔術とは対極のようにも思えるが、おそらくこの理論武装こそが鍵になってくる。足元の泥濘に竿を刺し、少しずつ足場を強固に固めていくように、ひとつひとつ理論を組み上げて大きな奇跡へと届くように。
「でもこれって、結局はない話なのでは?」
「しー、ですよトーカ」
「なんでもかんでも首だと思ってるトーカに一番言われたくないんじゃ……」
隣の会話もちょこちょこ聞こえてくる。
実際、ラクトと深めている話は荒唐無稽なものだ。だが、思考実験的ではある。そもそも、思考が世界そのものを変容させるという現象が"存在する"という仮定が大それているのだから。そこから発展させる理論も現実離れしてしまう。
「でも、レッジの言うこともあながち間違いじゃないかもね」
カフェラテを飲みながらLettyが言う。彼女はブラウザを開き、掲示板を見ているようだった。
「魔術師スレッド。化学式なんかをイメージしながら使うと、威力が上がるみたい」
「はえー。すっごい!」
要はイメージなのだ。
どれだけ具体的に、それを想像できるか。この一点だけが魔術師の素養たりえる。詠唱とはその補助装置にすぎず、スペルはラベルだ。
「だから、そこのリングマテリアルはエクストラトリップで――!」
「抵抗的修正原理は黄金律の強靭性をいわば三次元的な低減に――」
「アストラルのブリリアントなハイパーが!」
「やはり回帰的連続性の中に微量存在する矛盾の解消こそが根源的な」
だからこそ、個人間でその捉え方を擦り合わせようとすると大きな摩擦が発生する。ラクトとの議論も白熱し、自分が何を認識し、何を認識できていなかったかが浮き彫りになっていく。
「なんだろう、一切理解できないのにちょっと鼻につく感じがありますね」
「二人ともろくろ回してる……」
「陶芸家かな?」
やっぱり俺とラクトの仲でも意見の相違がある。
物理法則という絶対的な統一言語がある科学との一番大きな差がこれなのだろう。極論、魔術とは自分のなかに存在する固有のものであり、人の数だけ種類がある。
だが異なる視点を重ねることで、物事は立体的に浮かび上がってくるものだ。そう、これこそが知の営みなのである。
『ふうー、なんとか終わった。疲れたー』
「あ、レアティーズさん、オフィーリアさん。お疲れ様です。ログウッドさんの容体はどうですか?」
『問題ないよ! あとはもう寝てるだけだろーしね』
ラクトと知の研鑽に白熱していると、ログウッドの様子を見ていたレアティーズたちが戻ってくる。流石に疲労の色を隠せない二人は、〈新天地〉自慢の絶品料理を頼んで舌鼓を打つ。
『ん〜〜! これ美味しい!』
『こちらのお料理はどれも手が込んでいて素晴らしいですね!』
エルフの舌にも合うようで嬉しい限りである。
『ところで、レッジたちは何はやってるの?』
「魔術の理論を固めたいとかで、ずっとあんな感じなんです」
『へー』
ひと心地ついたところで、彼女たちもようやく、こちらの知的活動に興味が向いてきたらしい。ソファの上をスライドするように身を寄せてきて、笹型の耳をぴくりと動かす。
ちょうど、第四世界線における惑星直列の偶発的連続性を仮定した場合、第七十七次元の竜巻図形発生メカニズムに対する幾何学プロセスの超新星爆発の瞬間的残像の現実への影を議論していたところだ。
「ちょうどいい、レアティーズたちはこの時の影はどうなると思う?」
「わたしとしては、やっぱり奥行きのある三角形に近いものになると思うんだけど!」
議論の勢いのまま、エルフ二人に迫る。
やはり彼女たちの魔術はかなり高度なものだ。ぜひ、専門家の意見を聞きたい。
『え、なにそれ、知らないけど』
『なんかオトヒメ様みたいな事を仰ってますねぇ。私は素人なのでよく分からないのですが……。そもそも第四世界? とはなんですか?』
だが、返ってきたのは予想外にも呆気ない言葉。しかもオフィーリアから毒気のない鋭い問いが飛んできて根底が揺らぐ。
「だ、第四世界というのはこの世界を基底とした場合の発展的な――」
『そのような仮定をしたことはないですね。必要性をあまり感じないのですが……』
「ひん」
なんとか説明しようとしたラクトが撃沈している。
俺たちは……今まで何を……語っていたのだろう……?
組み上げてきた理論が音を立てて崩れていく。苦労しながら楽しく積み上げていたものが、砂上の楼閣に過ぎないことを知る。
『とりまパフェ食べない? 糖分は大切だってウェイドも言ってたし! あーん!』
「もぐ……」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!」
レアティーズから銀のスプーンを向けられ、何も考えず口に押し込まれる。レティか誰かの声が遠くで聞こえるなか、枯渇した脳に甘味が染み渡っていく。
それはオフィーリアからアイスを貰ったラクトも同じようだった。
俺たちはお互いに、憑き物が落ちたような顔で向かい合い、そして頷く。
「これまでの議論は全部捨てよう」
「魔術ゼンゼンワカラナイ……」
Tips
◇第四世界
ない。
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