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ヴォーパルバニーと要塞おじさん  作者: ベニサンゴ
第42章

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第2247話「彼女を呼ぶ名前」

 変装も完了し、レアティーズはウキウキだ。しかし、ここが安全な街中とはいえ、彼女は生身のエルフなのだから、色々と注意しないといけない。とりあえずは勝手な行動は慎むように、


『レッジ、何あれ! 面白そう!』

「レアティーズ!」


 リードを離されたゴールデンレトリーバーのように走り出したレアティーズを慌てて追いかける。彼女が向かったのは軒先で串を焼く露店だった。


「らっしゃい! 〈ウェイド〉名物の鎧焼きだよ!」


 アロハ姿の厳つい兄さんが真っ白な歯を輝かせる。〈鎧魚の瀑布〉のボス、"老鎧のヘルム"に着想を得た、魚の塩焼きらしい。全身に分厚い塩を纏わせて、食べる時はそれを崩していくようだ。

 塩釜焼きみたいなもんだな。


『いただきまーす!』

「ちょっと待て。まずは代金をだな……。って、レアティーズは払えないのか」


 躊躇なく焼き場に手を伸ばそうとするレアティーズを止めつつ、決済する。機械人形ならデフォルトで電子マネー的な支払いができるのだが、有機外装の場合は手首のリングを使う必要があるらしい。


「ちなみに、なんでおっさんがレアティーズちゃんとお忍びデートしてんだ?」

「……流石にバレるか」

「どっちも有名人だからな。レアティーズちゃんは顔が隠れてて分からなかったが、さっき思いっきり名前呼んでたし」


 周りに聞こえないように声を潜めながら、店主が身を乗り出してくる。鎧焼きも美味そうだし、彼も悪い人ではなさそうだ。


「レアティーズが町を見てまわりたいらしくてな。付き添いだ」

「付き添いねえ……」


 塩の中で蒸し焼きにされたホクホクの魚を食べて満面の笑みを浮かべているレアティーズを見て、店主は意味深長に目を眇める。


「ま、あんたがそう思ってんならそうだろう。お前ん中ではな」

「俺は何か悪いことしたのか?」


 なんでチクリと刺されているんだろう。

 首を傾げると、店主は深い深いため息をついて頭を振る。まるで処置無しと見捨てられたかのようだ。


「まあいいや。とりあえず観光を楽しんでくれよ。これは俺からのサービスだ」


 鎧焼きとはまた別に、同じく白いものが分厚く包み込んでいる魚の串焼きが差し出される。ありがたく受け取り、齧り付くと、凄まじい違和感が口の中に広がった。


「うぉあっ! なんだ、これは!」

「なっはっはっ! ウェイド監修の鎧焼きスペシャルエディションだ! テメェらにはこれくらいの甘さがお似合いだよ!」


 塩の代わりに極甘の砂糖をみっちりと押し付けられた異様な食べ物に愕然とする。ウェイドは本当に、一度オーバーホールしてもらったほうがいいんじゃないか?

 なぜか勝ち誇ったような店主を睨みつつ、レアティーズの元へと戻るのだった。


「しかし、名前を呼んでバレるのは馬鹿らしいな。レアティーズ……」


 広場の噴水の前にあるベンチに腰掛け、美味そうに魚を食べているレアティーズ。レアティーズという名前はたしかに珍しいというか、広まりすぎている。エルフの使節団が来ていることも知れ渡っているし、名前を聞きつけて余計な騒動を起こすのも悪い。


「レーちゃん?」

『んぶふぉっ!?』


 泡花が呼んでいたニックネーム? あだ名? を口にしてみる。思いがけず本人にも届いていたようで、彼女は盛大に咽せていた。


「大丈夫か?」

『う、うん。ちょっとびっくりしただけ……。心臓に悪いよ』

「すまん。デリカシーがなかったな」


 やっぱり、馴れ馴れし過ぎたな。泡花みたいに上手く距離を詰めることもできないし、別の呼び方の方がいいかもしれない。


「レアティーズって、本名はなんていうんだ?」

『本名って……か、家名のこと?』


 名前がダメなら名字ならどうだろう。よくよく考えれば彼女の本名までは知らない。そう思って尋ねてみると、彼女は何やら緊張の面持ちになった。


「もしかして、レアティーズだけで全部なのか?」

『あ、いや……。えと、そういうわけじゃないけど、さ』


 くるくると指に髪を絡ませながら目を逸らす。さっぱりとした性格の彼女にしては、どうにも煮え切らない。


「良かったら教えてくれないか。今後はそっちで呼んだようが、二人にとってもいい気がするんだ」

『ぴっ』


 今、可愛い声がしたような。


『あわ、わわっ。えと、ま、まだダメっていうか。いやダメじゃないし、ゆくゆくは……でも、心の準備というか、諸々の儀式の準備というか……。と、とにかくもうちょっと待って!』

「れ、レアティーズ? 気が進まないなら別に――」

『そうじゃない! そうじゃないの! ただその真名はこんな状況だと……。やっぱロマンって大事じゃない!?』


 はぁ。

 そういうものなのだろうか。

 たしかに、そうなのかもしれない。


「分かった。じゃあまあ、レアティーズの心の準備が整った時でもいいぞ」

『うん。そ、その時は絶対……。ち、近々ね!』


 顔を真っ赤にして、緊張に固まりながら頷くレアティーズ。

 名字というか、家名の方がむしろ伝えやすい気もしたが、エルフ独自の文化なのだろう。オフィーリアも姉妹なら同じだろうが。


『急にグイグイ来すぎだよ、もぉー』

「レアティーズ? とにかく、何かしら二人だけで通じる名前を考えた方がいいと思うんだが」

『そ、そうだね。じゃ、えと、れ、レアでいいよ?』


 チラチラとこちらを窺いながら、縮めた名前を言う。なるほど、ニックネームみたいなものか。


『今はもう、オフィーリアくらいしか呼ばないし』

「なるほど、了解した。レア」

『んふふふっ!』


 試しに呼んでみると、彼女は唇を深く曲げてにんまりと笑う。なんだか、上手くコミュニケーションが取れている気がするぞ。


「じゃあレア、次はどこに行ってみたい?」

『んふぃ。うへ。……こほんっ! じゃ、じゃあさ』


 何やら夢見心地の表情を浮かべていたレアティーズ。彼女は指を絡めながら口を開いた。

Tips

◇鎧焼き

 地上前衛拠点シード01-スサノオの名物。塩で分厚く包み込んだ川魚をじっくりと炭火で焼き上げた、手軽な串焼き。とある釣り人が始めたものがきっかけだが、今では町の各所で売られている。月に一度、最高の鎧焼きを決めるコンテストも開かれている。


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