第2246話「お忍びの衣装」
レアティーズは俺を壁際に追い詰めて、目の奥に光を宿らせる。有機外装の身体では、彼女を強引に押し除けることはできない。褐色の肌が、俺を硬いレンガの壁に押し付けた。
『ごめんね、レッジ。その、できれば二人で回りたいなーって』
「そういうことか。びっくりしたぞ」
しょぼしょぼとして謝るレアティーズ。彼女にしては珍しい、強引な行動で驚いた。だが理由を聞いて納得できた。彼女も巫女姫と呼ばれるエルフの重要人物だ。常にオトヒメたちから監視を受けていて、完全に自由な時間というのはほとんどない。
常に見られているというストレスと息苦しさは、俺もよく分かる。
「分かった、任せてくれ」
『い、いいのっ!? やった、で、デートじゃんっ』
俺がすんなり了承したのは予想外だったのか、むしろレアティーズの方が驚いている。後ろを向いて何やらガッツポーズまでして。分かるぞ、たまには全て忘れて羽を伸ばしたい時もあるよな。
「とはいえ、今の格好じゃお忍びってわけにもいかないな」
『儀礼服は目立つよね、やっぱ』
今のレアティーズはエルフの民族的な紋様が緻密に織り込まれた重厚な衣装に身を包んでいる。このまま通りに戻れば5秒とかからず発覚してしまうだろう。
「おっほんっ! そこのお若いの、何やらお困りのようじゃねえ!」
「その声は――!」
どうしたものかと悩む間もなく、背後から声が。何やら喜色を滲ませた若い女の、芝居がかった言葉に驚いて振り返ると、そこには肩を大胆に晒した着崩し和装の美女が立っていた。真っ白な肌に真紅の紅、無数に簪を飾った髷。その姿は、まるで花街の頂点に君臨する花魁のよう。
「泡花じゃないか。久しぶりだな」
「よっすよっす。お久だねー!」
最大手服飾系バンド〈シルキー縫製工房〉の工房長、泡花。稀代のスタイリストにして調査開拓団のファッションリーダー。彼女は背中から伸ばした八本のサブアームも総動員してピースの花を満開にした。
裁縫には手数が重要ということで、サブアームの換装をしたがっていた彼女にネヴァを紹介したのは、他ならぬ俺である。
『れ、レッジ……』
突如現れた見知らぬ多腕の花魁に、レアティーズが声を震わせる。泡花は非戦闘職で、〈エウルブギュギュアの献花台〉にも頻繁に行っているわけではない。おそらく、初対面のはずだ。
『誰、この美人さん! めっちゃ可愛いんだけど!?』
「いえーいっ! ありがと、レアティーズちゃん。私のことはあーちゃんって呼んでね♡」
とはいえ、二人とも一目見ただけで波長が合うのはよく分かる。悩む間もなく距離を縮め、早速ハイタッチで友達になっていた。
「しかしこんなところで会うなんてな。何してたんだ?」
「噂の黒ギャルエルフが来るって聞いたからね。むほほ、流石のエルフ。ド級の美人、ド美人ですなー」
泡花はファッショニスタだが、同時に熱心なコスプレイヤーでもあり、管理者たちにも様々なコスチュームもとい制服を提供している。そんな彼女が、エルフという逸材を見逃すはずもない。
「本当は遠目から舐め尽くすだけにする予定だったけど、レーちゃんがこっちに来てくれて、まさにラッキーって感じ!」
『うぇーい?』
ぐぐぐ、と八つの腕で親指を立てる泡花。レアティーズも分からない様子ながら、それに応じる。
「てわけだし、お困りのようなら私が手伝ってあげようか?」
「代価は?」
「レーちゃんのスリーサイズで結構」
外見こそ美しいが、中身は変態である。採寸の過程でサイズはどうせ判明するから実質ノーリスクなのだが、彼女は〈裁縫〉スキルにあるテクニックとしての『採寸』ではなく、あえて手ずからメジャーで測ることに並々ならぬ熱意を注いでいる。
それと、彼女にサイズを知られると定期的かつ高頻度で衣装が送り付けられるという被害(?)もあるらしい。
「レアティーズ。諸々の危険性とかを考えた上で」
『お願いします!』
即断即決。レアティーズの返答で、泡花の目の色が変わる。メジャーを手に彼女へ迫り、舌舐めずりしながら次々と身体のサイズを測り取っていく。
「うほへへっ! ふへえっ! なるほど、なるほどぉっ! 私の目算と大体違いはないけど、じゅりゅっ、この立体感……肉感……! 素晴らしい逸材ですぞっ!」
やっぱり、優秀な変態が一番頼りになるな。
スリーサイズどころか二の腕やらふくらはぎの太さ、その他様々な長さが赤裸々にされていく。レアティーズも初めての体験に困惑していたが、泡花の鮮やかな手捌きに感動すら覚えていた。
見た目は激しいが絶対に素肌には触れないという、ハラスメント検知機能の限界を掠める職人技なのである。
「それで、どれくらい時間を見たらいい?」
「ぬっふっふ。あんまり私を無礼るなよ? 何のために血反吐吐く思いでサブアーム使いこなせるように練習したと思ってるんじゃい?」
不敵に笑う花魁が、八本の腕を広げる。俺が扱っていたものよりも更に細く、指の長い、繊細な作業を行うことに特化した腕だ。その手に、裁縫道具が握られている。
「うおりゃーーーーっ!」
路地裏に雄叫びを響かせながら、布が舞い、糸が踊る。泡花の周囲でただの繊維が、瞬く間に立体的な形を組み上げていく。
レアティーズが目を丸くしている前で、あっという間に服が縫い上がる。
「ふっ。おまちどう!」
『す、すごーーっ! やばすぎ! かっこいいーーっ!』
パチパチと惜しみない拍手を送るレアティーズ。泡花は鼻の頭を擦って得意げだ。さっそく完成したばかりの衣装が受け渡され、着替えがはじまる。一応壁の方を向いていた俺に、声がかけられた。
『ど、どうかなー?』
少し緊張の面持ちで、俯いてこちらを窺うレアティーズ。
普段の民族的な衣装からはまるで離れた、スポーティでカジュアルなスキニージーンズとTシャツというシンプルな姿だ。細身のシルエットをしっかりと活かした爽やかで軽いテイストは、流石の一言である。
キャップとサングラスで面相を隠しつつ、スニーカーで歩きやすさもアップしている。これなら、調査開拓員として町に紛れることもできるだろう。
「似合ってるぞ、流石だ!」
『〜〜〜〜〜っ!』
素直に褒めると、彼女は後ろを向いてぶんぶんと腕を振る。その様子を見ていた泡花は、ふっと笑みを浮かべて路地の奥へと歩いて行った。
「あとはお二人だ楽しみな。最高の一日をね!」
『ありがとう、あーちゃんっ!』
颯爽と去っていく背中に涙ぐむレアティーズだが、おそらく泡花はこのあと工房に戻って、本格的に衣装を作り始めるのだろう。なにせ、彼女は今やレアティーズのサイズを手に入れたのだから。創作意欲を刺激されまくった職人は、もはや止めることなどできない。
「それじゃあ、いくか」
『うんっ!』
儀礼服はしっかりと畳んで抱えるレアティーズ。インベントリがあれば、持ってやることもできたのだが。
彼女は楽しそうに笑って、俺の手を握ってきた。
Tips
◇黒惑のキャップ
しなやかな黒糸を用いたシンプルなキャップ。存在感を希釈するカゲロウ蝶の繭から紡いだ糸を使っており、着用者から周囲の視線を遠ざける。
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