第2239話「迅速な捕縛」
勢いが余ってしまった。
「大丈夫か、ラクト」
「なんとか……。けほっ」
もうもうと舞い上がる土煙のなか、ラクトを探す。すぐ近くで声がして、そちらに手を伸ばすと柔らかいものに触れた。ラクトの頬だ。
「共鳴魔術は、一旦封印した方がいいかもな……」
「少なくとも、もうちょっと安全にできるようにしないとね」
ラクトは俺のそばまでやってきて、ほうとため息をつく。その頃には土煙もかなり薄らいで、周囲の状況が分かるようになってきた。
俺たちを中心として、大きな穴が天高くまで貫いている。その表面は白く凍て付き、頑丈な構造物がぐにゃりと歪んでいる。凄まじい爆発の痕跡が、痛々しいほどに残っている。
『アンタ達、馬鹿ァ!?』
『オ怪我ハアリマセンカ?』
足元の床も貫き、一階層まで貫通する穴の奥から鉤爪が飛び出してきて、縁に引っかかる。キュリキュリとウィンチの巻き取る音と共に登ってきたナナミとミヤコは、全身が薄汚れていた。
「俺たちは大丈夫だ。そっちも怪我してないか?」
一応、二機とも稼働には問題なさそうだ。原型がなくなるレベルで取り付けたアタッチメントは無駄ではない。とはいえ、後でメンテナンスはした方がいいだろう。
「まさかスペルを間違えるとこうなるとはなぁ」
天高く塔の上層にまで届く穴を見上げながらぼやく。
ラクトと共に景気よく魔術を繰り出していたのだが、そこで少し間違えてしまった。お互いに言葉尻を引き継ぐ形でスペルを組み立てていたのだが、少し混乱して同時に発言してしまったのだ。
スペルとは、言わば精霊に意思を伝えるための仕様書のようなもの。それを二人がかりで書き上げるのはなんら問題ないが、同じ場所に複数の記述をすると問題だ。受託者となる精霊が、どうすればいいのか分からなくなって混乱する。
結果、こうなる。
「これ、怒られると思うか?」
「怒らない人っているのかなぁ」
「よし、ナナミ、ミヤコ。ちょっと塔の外に――」
三十六計逃げるに如かず。
というわけで踵を返したその正面に、ニコニコ満面の笑みの褐色エルフ巫女姫ことレアティーズさんが立っていた。
『や、レッジ♡』
「やあ、レアティーズ。じゃ」
『待てぇいっ!』
そのまま会釈して逃げようとしたが、当然掴まれる。がっちりと二の腕に爪が食い込み、逃げるどころか振り払うことすらできない。
「いてててっ! 力が強すぎないか!?」
『ご、ごめんっ。って、レッジ、ずいぶんやわこくなったね? なんか小っちゃいし……。とにかく、詳しいことは上で聞くから』
有機外装の身体だと、レアティーズの握力すらきつい。真っ赤に手の跡が残った二の腕に、彼女の方も驚いていた。
しかしだからといって見逃されるわけでもなく、俺とラクトは大人しく投降するほかなかった。
『よく分かんないけど、レッジ……。かなり弱くなっちゃった? あーしでも力づくで押さえられるんだ……。ふひっ』
「レアティーズ?」
『な、なんでもないっ! ほら、ちゃんと立って歩いて! それとも、あーしが抱っこしてあげよっか?』
「勘弁してくれ」
何が嬉しくて自分より大きくなってしまった溌剌ギャルに抱えられなくてはならないのか。
やっぱり、以前からラクトを抱えていたのは軽率だったと反省してしまう。
「ごめんな、ラクト」
「な、何がっ!?」
魔術の検証どころではなくなり、俺たちは大エレベーターへと向かう。魔力暴走でエレベーターを巻き込まなかったのは不幸中の幸いだ。そうなると、流石にオトヒメにも怒られる。
『やあ、レッジ! よく来たね。じゃ、正座しよっか(笑)』
「あの、オトヒメさん。なんか真っ赤な鉄板が見えるんですが」
いや、すでにオトヒメも激怒していた。
ニコニコ笑顔だが迫力が違う。燃え盛る火の上に置かれた鉄板を親指で示され、流石に土下座だ。有機外装の肉体で焼き土下座なぞしたら、ハードゴアな表現になってしまう。
『一応この塔も老朽化が激しいとはいえ、それなりの耐久性はあるはずなんだけどね? どうやって一階から五階までブチ抜いてくれたのカナ?』
「いやぁ。ちょっと噛んだというか」
どう説明するか。一からするとなると時間もかかる。
『大丈夫ですよ。時間はたっぷりありますから』
オトヒメの後ろにいたオフィーリアまで優しく言ってくれる。嬉しすぎて涙が出そうだ。
『とにかく、もうすぐウェイドもくるからね。揃ったら裁判しよっか』
「今回は悪くないと思うんだが……」
弁明は後で聞く、とオトヒメは目を細める。すでにウェイドにまで通報が行っているあたり、もはや助かる望みはないらしい。
俺はそっと覚悟を決めて、大穴の奥から近づいてくる凄まじい怒号に身構えた。
Tips
◇魔力暴走
スペルの破綻により魔力の流れが滞り、行き場を失った結果、無秩序に散乱する現象。魔術行使の典型的な失敗だが、周囲への被害は予測が難しく、甚大なものとなりやすい。
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