第2238話「異常なし」
古エルフたちの都市〈妖精の楽園〉は、〈エウルブギュギュアの献花台〉第五階層に存在する調査開拓団の活動拠点、〈オトヒメ〉の内部で、一種の自治特区という形で合併されることとなった。
〈オトヒメ〉と〈妖精の楽園〉両陣営の代表者同士は、その仲介役としてレアティーズ、オフィーリアの二名を指名し、彼女たちを和睦の象徴とすることで円滑な交流を始めたのだ。
『ふぅ。今日も平和だね』
『魔術が調査開拓団の皆さんにも広まって、忙しくなりましたけどね。ログウッドや他の神官たちは、魔導書の解読が大変だと嘆いていましたよ』
『普段感覚で使ってるものを人に教えようとなると分からないことも多いだろうしねー』
常に穏やかな天候が続く塔の中。レアティーズとオフィーリアは街中にある茶屋の一席を借りて甘味を楽しんでいた。彼女たちは古エルフ族との連絡だけでなく、以前から行なっていたモジュールの融合、分離という仕事もある。あまりにも連日忙しさに圧倒されている二人を見かねたオトヒメが、束の間の休日を与えたのだ。
『そういえば、レッジは結局どうなったんだろ』
銀色のスプーンを加えたまま、レアティーズが首を傾げる。
彼女たちが知っている顛末は、レッジが地下街に巣食うゴブリンたちを殲滅し、勢い余って自身が巨木となって現れ、かと思えば切り倒され、気がつけば消えていた、というところまで。風の噂では騒動の元凶である猫に捕まって幽閉されたとか、若返って幼い少年の姿になったとか、世界を統べる神になったとか、そんな眉唾物の話は聞こえてくる。とはいえ、流石に信憑性が無さすぎる荒唐無稽なものばかりで、何が真実か判別しかねるというのが二人の認識だった。
『おそらく、元気に何かなさっているとは思いますが』
『そりゃあねえ』
二人もあの男の破天荒はよく知るところである。彼がどんなことに巻き込まれても、最後にはケロリとした顔をしていることに疑う余地はない。問題はそこではなく、
『誰がレッジを見張ってるのか分からないんだよねえ』
『それは、少し心配ですね』
眉を寄せるレアティーズに、オフィーリアも唇を尖らせる。
誰も嵐が衰えることを心配などしていない。その嵐がいま、どこにいるのか分からないのが不安なのだ。
『そういえばレアティーズ。オトヒメ様から言われていた件はどうなっているんですか?』
『オトヒメ……。ああ、地下街の早期警戒網整備が云々ってやつ? なんかムズカシー言葉が多くてさー」
「ダメですよ。きちんと防衛ラインを設定しておかないと、またゴブリンが襲ってきたら――」
柳眉を斜めにして詰める姉に、妹は辟易とした顔で突っ伏す。
オトヒメはオフィーリアとレアティーズに、地下街の整備を命じていた。かなりのゴブリンが掃討されたとはいえ、先日の〈妖精の楽園〉顕現に際して地下街でも異変が生じていた。いつまた悪鬼の大群が押し寄せてくるかも分からない状況を改善するため、魔術的な警戒システムの構築を進めるべきと主張したのだ。
『これを食べ終わったら、地下街に行きますよ』
『ええーーっ!? せっかくの休みなのに!』
『えー、じゃありません』
抵抗するレアティーズも、実姉に逆らうことはできない。美味しいパフェは食べ終わり、彼女たちは地下街へと繋がる通路の一つへと足を向かわせる。
『あーあ、オトっちがしろしろってウルサイからしゃーなしだけどさー』
『あなたと言う人は……。とりあえず見回りだけでも済ませましょう』
レアティーズにとって地下街はいい思い出がある場所ではない。だが、この土地を知り尽くしているのもまた、彼女なのだ。その複雑な心境を十分に知りながら、オフィーリアは連れ立って歩く。
『ほらほら、異常なんてないよ』
地下街に降りて早々、軽く周囲を見渡して結論を下す褐色エルフ。頭の後ろで手を組んで、明らかに身が入っていない。
『もう、ダメでしょう。もう少し真面目に――』
呆れたオフィーリアが注意しようと人差し指を立てたその時。
凄まじい爆発が地下街を駆け巡った。
Tips
◇妖精の虹星
〈オトヒメ〉に店舗を構えるスイーツショップ。〈エミシ〉から直輸入した高純度の砂糖を用いた繊細で芸術的なスイーツが好評。中でも人気なのは妖精姫ふたりの姿を模した砂糖人形を載せた"天空のフェアリーパフェ"。
併設のカフェスペースでは、様々なドリンクと共にその場で楽しむこともできる。
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