第2237話「浪漫の共演」
魔術師としての初戦闘は、そこそこ順調だったと言っていいだろう。
颯の針槍は攻撃魔術としてかなり扱いやすい。一撃でゾンビ犬を倒せるほどの力はないにせよ、詠唱にかかる時間は短く、消費するMPも低い。何よりも地味に効いてくるのが、"型"を必要としない点だ。
テクニックならば型と発声が行使の基本になる。そのため、どんなに激しい戦闘中、どれほど体勢が崩れていたとしても、きっちり"型"を決めなければテクニックの威力は大幅に落ちてしまう。
一方で魔術は詠唱さえできれば、あとはMPを支払うだけでいい。腕の向きで狙いを定める以上のことをする必要がないのは、単純に楽だった。
とはいえ魔術は万能ではない。そのようにルールを定めたのだからしかたないが、不便なところも当然にある。
「ぐへぇ」
「張り切ってやりすぎたな」
ミヤコの担ぐ巨大な狙撃砲。それは銃身の冷却性能を底上げするため、熱伝導性の高い金属製のヒートシンクが取り付けられている。そこに頬をぺったりと付けて、半分溶けたような姿で身を休めているラクトがいた。
彼女は初めての魔術行使を体験し、すっかりその魅力にハマったらしい。次々と魔術を放ち、際限なく押し寄せてくるゾンビ犬を凍らせていった。その結果、どうなったかといえば、端的に言えばガス欠である。
「うぐう。神殿で試し撃ちしてた時はこんなことにはならなかったのに……」
青白い顔をして唸るラクト。
彼女が〈白き深淵の神殿〉の壁をぶち抜くために試行錯誤していたときは、魔力切れを気にする事はなかった。次々と魔術を試すそばから、消費したMPは回復していたからだ。
「たぶん、あそこは精霊が多かったからだろうな。周囲にどれくらい精霊がいるかで、MPの回復速度も変わってくるみたいだ」
精霊は世界に遍在している。とはいえ、多少の濃淡はある。精霊が多く存在するところではMPの自然回復速度もそれに応じて上がっていくようだ。
この〈エウルブギュギュアの献花台〉に精霊が皆無というわけではないが、さすがに〈白き深淵の神殿〉とは比べるべくもない。
「……つまり、精霊を捕まえて持ってくれば魔術使い放題?」
「妙なことを考えるな。精霊を捕まえようと思ったって、無理だぞ」
そもそも、魔術とは精霊に問いかけて世界を改変するものだ。世界そのものを変容させられる存在を意のままに拘束しようなどと、烏滸がましいにも程がある。
そんな上手い話はないか、とラクトはすんなり身を引く。今の所はMPの効率的な回復方法もほとんど判明していない。唯一効果がありそうだと認められているのは、安静にして精神を落ち着かせることだけ。つまりは瞑想である。
「ウゥーン、MP消費が重すぎるんだよぅ」
「氷属性使ってるからだろ。我慢しなさい」
初心者でも扱いやすい水属性魔術なら、MP消費に嘆くこともない。そこを無理に押し通そうとしているのは、あくまでラクト自身である。
そうは言ってもポリシーは変えたくないようで、ラクトはすんとしてしまう。
『オット、ソロソロミヤコガ帰ッテキマスネ』
俺たちが休んでいる間、ミヤコは単独行動していた。その接近を感じ取ったナナミが多脚に力を入れて身を起こす。
MPの回復に有効的なのは安静にしていること。しかし、そのままでは狩りができない。というわけで、俺たちは役割分担していた。
『ウィリャーーーーーーー!』
薄闇の奥から、景気のいい声。
チェーンがキリキリと回転する音が響き、ブルーブラストエンジンの力強い響きが鼓動する。多脚で力強く床を踏みつけながら、驚くべき速さでこちらへ迫ってくる、巨大な重機NPC。両腕を広げ、周囲のガラス管を破壊しながら走るその背後から、無数の吠え声が追いかけてきた。
「来たぞ、ラクト」
「……うん。じゃあ、やりますか!」
ヒートシンクの冷たさに名残惜しそうにしながらも、ラクトが立ち上がる。
使えば使うほど腕が洗練されて効率も威力も上がっていくのは、スキルも魔術も同じだ。俺たちが休憩を取っている間、周囲を手当たり次第に巡り、破壊の限りを尽くしたミヤコが、こちらにやってくる。
「降り注ぐ無数の雫は刃を潜み」
「荒ぶる風は撹乱の様を」
「冷結の嵐よ、吹き荒べ」
「我らの名において顕現せよ――」
互いに並びたち、肩を触れさせながら、交互に叫ぶ。
真面目にロマンを追い求めた結果、ここに辿り着いたのだ。
お互いのスペルを混在させ、その力を混ぜ合う。精霊たちはそれを一つの要請であると解釈して、世界を大きく変えてくれる。
「"吠え凍う氷嵐の晶滴"」
声を重ね、魔術を織り上げる。
世界に冷気が渦巻き、凍りついた無数の雨粒が横殴りに降り頻る。
ミヤコを追ってきたゾンビ犬の群れは瞬く間に腐肉を穿たれ、ボロボロと崩れながら凍り、霧散した。
Tips
◇吠え凍う氷嵐の晶滴
凄まじい冷気の渦を発生させ、そこから凍てつく雨粒を乱れ撃つ。その一滴が鋭利に尖った刃であり、巻き込まれたものを容赦なく食い破る。
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